たと云ってもいいだろう。ハイカラがモダーンにまで成長するには半世紀を要したのである。
 だが日本の教育は必ずしもこの社会的条件をそのまま云い表わしてはいない。――ここで予め注意しておかなくてはならぬ点は、日本におけるこの教育(教育は元来常に社会教育[#「社会教育」に傍点]なのだが)が官僚的社会政策として発生発達したものであって、福沢諭吉等の例を除けば、殆んど例外なしに官製の欽定教育(?)だったと言っていいだろうことだ。その結果教育は社会教育(社会自身による自発的教育)よりも家庭教育よりも、より以上に学校教育[#「学校教育」に傍点]を意味せざるを得ない。日本ではドイツなどと同じに教育と云えばまず第一に普及した学校教育であり、而も広義に於ける官学教育を指すのである。今日の私立大学を初めとして一切の私立学校が殆んどすべて広義に於ける官学教育以外の本質のものでないことは、人の知る通りである。
 でこのように、官僚政府による云わば人工的[#「人工的」に傍点]な政策としての日本の教育は、有態に云って社会の日本的現実との間に初めから相当のギャップを有っていたのだが、日本的現実が教育外の領域で、悪く(
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