の云うことを割合善良に信じるようになっているのである。就職のためにはこうした勉強は必至なのだ。して見ると之も普通の意味では学生生活の歪曲ではなくて、却ってノルマルな学生生活に還ったということに過ぎぬ。
 社会科学の勉強[#「勉強」に傍点]は、丁度文学科の学生の小説勉強のように「学生」なるものの本分(?)を踏みはずしたものであったに相違ない。「学生」と云うこの社会の馴致されたカテゴリーから云って、今日の学生生活は大して歪曲はされていない。学生と云う馴致されたカテゴリーは、今日こういう学生生活を要求しているのである。
 だから私は云うのである、学生が学生である限り、即ち「学生」と云うこの社会機構の承認されたる一環を以て自ら任じる限り、即ち又そういうものとして社会の民衆から自分達を区別する限り、今日の学生生活は殆んど何等歪曲などされていない。夫を批判したり何かする資格をその学生は持たぬのである。学生が「学生」に止まる限り、何も問題はない。あれでいいのである。だが学生が単なる「学生」ではなくて、民衆の一群であり、而も圧迫され踏みにじられた世間の大衆の或る一群だとなると、学生の問題は全く別な角度
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