る。夫は民衆の真の利益を自覚に齎すための一つの不可欠の手段のことなのである。そして今日一切の社会的デマゴギーは結局に於てファッショ的言論へと統一されて行きつつある。ヒトラーは一九三六年秋ニュルンベルグのナチ大会で、ボルシェヴィズムはユダヤ人のものであるが故に之を打倒せねばならぬと「獅子吼」したそうだが、こうしたものが一九三六年度の世界的デマゴギーの特徴をなすだろう。
 ではこうしたファシスト・デマゴギー(その背後にはファシスト的社会・政治活動・の一連が控えている――例えば国家は資本家ではない、国立の工場では労資の区別はない、そこでは対資本家的労働組合は不合理だ、等々)、に対抗する唯一のものが、最上のものが、日本では啓蒙なのか。日本では民衆の利害のためのプロパガンダは許されないか、人民の利害についてのアジテーションは許されないか、人民のオルガニザチヨンは許されないか。――私は今ここで、こうした政治上の見解に触れることは出来ぬ。だが少なくとも、わが国の現下の事情に於て、オルガニザチヨンやアギタチヨンやプロパガンダ等の特に政治的な言論活動形態と平行して、特に必要で又特に現実味のあるものが、啓
前へ 次へ
全451ページ中174ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング