に据えるように感じさせるものだ。之はルンペンから区別して自分をシャンとさせるにはこの上ない魔法の衣だ。ユニフォーム・システムは而も、そのハイヤアルキーにも拘らず、他面に於て平等主義を有っている。馬鹿でも利巧でも二等兵なら二等兵だ。その間に人間的な比較などの必要もないから、そういう心配もない。上官は部下よりも絶対無条件に上位にあるのだから之を比較して見る必要も配慮もいらない。こうしてユニフォームはその着用者に分に安んじることと、自分自身を階級に応じて尊敬することとを、齎す。彼と俺と芸術家としてどっちが優れているだろうかなどと云って、悲観したり空元気を出したりする必要は毛頭ないわけだ。
 特にユニフォームが国家的支持を受けた職業や任務を云い表わす時、その魅力は、小市民以下の凡庸な層にとっては絶大である。彼等は一挙にして政治的権力をその皮膚に感じる。「マンハイム教授」という劇で見ると、今まで博士の助手であった男が、急にナチの制服を着用に及んで現われる。見ていると何かの英雄とも考えられて来る。これがユニフォームの最後の魅力である。ユニフォームのこの政治的魅力は今日各国で、多数の小市民青年達を、
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