との、検察方針であってはならないだろう。そう吾々は想像するのである。
だが問題は、こういう禁止理由が一般的に正しいか正しくないかではない。無論風紀を乱す芝居は禁止されるべきだろうし、特に雲の上のそうした事柄を描き出す芝居は安寧を害することにさえなるからいけないだろう。それは丁度正義は正しく、真理は本当だ、というようなものかも知れない。問題はこの芝居が実際に風俗を乱し安寧を害するかどうかの判定[#「判定」に傍点]にあるのである。
併し判定になると実は之程出鱈目なものはない。世の中の観衆の観劇眼がどの程度に進んでいるかは、検閲当局自身の観劇眼の程度によって判定を異にするし、又この劇自身が風俗警察や文化警察の対象になるか否かも亦、検閲当局自身の好色水準や社会意識水準によるのである。文化警察と風紀警察とが実際上、如何に警察権の主観化であり、それが又如何に警察権の私的化に基づくかが、検閲標準のこの薄弱さの中に、まざまざと露出しているのである。
警察権が私的化し従って又主観化することは、処で、本来の警察機能をおき去りにすることであり、警察権の矛盾[#「警察権の矛盾」に傍点]を発展させることだ
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