型のものだった、ということを改めて注意しなければならぬのである。或いは寧ろ極端に分析型であったと云った方がよいかも知れないので、分析型が過大視され誇張されすぎた結果は、論文と云えば評論雑誌[#「評論雑誌」に傍点]であるに拘らず学術[#「学術」に傍点]論文のようなスタイル(寧ろジャンルか?)のものが多かったのである。この点が、評論雑誌の所謂「巻頭論文」をつまらぬ[#「つまらぬ」に傍点]とか面白くないとか、無意味だとか無用だとか、と呼ばせた点であった。
処が最近になって、評論雑誌が色々の側面から云って飽和状態に這入ったということが、出版業者や編集者の意識を刺戟し始めた。夫は一部分編集上のマンネリズムとして意識され始めた。そこで編集の新しい方針が模索されざるを得なくなった。その時まず第一に眼をつけられるのは、論文のこの分析型なのである。そこでいくつかの評論雑誌の編集者は巻頭論文を分析型から主張型へ換えようという気になって来たのである。『日本評論』などは大体そういう方針が全面に作用した雑誌であるし、例えば『中央公論』(一九三六年一〇月)の岡氏の文章「青年に寄す」などがその類かも知れない。――
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