だろう。その習慣がやがて何かを主張しようとする意欲を失わせるものでもあるらしい。職業的に不徹底な専門家には往々却って専門外の事物に就いて極めて非科学的な主張をしたがる人も見かけなくはないが、夫はこの職業的習慣が偶々首尾一貫していないまでで、充分に「良心的」な学者は、何ごとに就いても主張という形のことは好まない、という風潮のあることは否定出来ぬようだ。之は一概には貶せないが又一概に感心したり賞めたりすべき性質のものではないと思うが、それは後にしよう。
 併し和辻教授が述べた処は、例の総長の学者としての性格というよりも寧ろその実際家としての手腕のことだったのである。考えて見ると実際家も亦、学者とは別な理由で、主張するという態度をあまり好まない。所謂実際家は本当を云えばいきなり実行するか、もし実行出来なければ口にも出さぬという種類の人間だと考えられて来ているのであって、とに角主張ということにあまり価値を置かない人種のことである。少なくとも東洋的乃至日本的な観念によると、実際家とはそういう不言実行の人を云うらしい。ヨーロッパ的実際家にはこの点必ずしもあて嵌らないので、ファシズムの英雄政治家達に
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