父親の社会的地位や職掌からは比較的独立に、子供は子供なりに新しい運命を開拓すべく入学を志望する、という意味が相当に活きていたのに、最近の社会ではそういう新しい未知の運命を開拓するなどということは、例外な場合か空想としてしか許されなくなった。受験者たる子供の家庭の家庭的及び社会的条件が、自然と圧倒的に入学希望の内容を決めざるを得ないように、世の中がなって来たのである。重役の息子は重役に平社員の子は平社員になるように稼業がもう一遍世襲的(?)になって来るように見える。入学試験の責任者が親達へ移行したことの原因はここにあるのである。
 社会の表面に現われた秩序が今日のように固定化されて来ると、今までは家庭が社会からの避難所であったり、逆に又社会が家庭からの開放だったりしたのが、今度は家庭自身が社会秩序のただの一延長になり、或いは同じことだが、社会全般が云わば家庭主義社会というようなものになって来る。ここで親孝行と云ったような日本の身辺道徳が、社会道徳のイデオロギーにされたりするのだが、こういう社会では、社会へ向かって伸びて行こうとする子供も、全く家庭化された善良な家族の一員として終始せざるを得ないように、段々なって来るのである。――そういう事情の一つの現われが家庭の親達を入学試験の受験責任者にするのであって、旦那様は外で働き、奥様は家庭の取り締り役に任じ、坊ちゃんやお嬢さんはママと女中とが育てると云ったような、中産以上の社会層に見られる所謂家庭らしい秩序の外面を保っている家庭では、子供の入学試験・試験地獄は、もはや子供のものではなくて、お産や病気と同じように、全く家庭の日常の主婦的な心配事と相場が決って来ている。
 で、小市民層以上のパパやママが、試験地獄を気に病む程、実は却ってそれだけ試験地獄は深刻化して行くことになるのだ。子供達がこの試験地獄から解放されるためには、彼等は入学試験から解放されるよりも先に、家庭から、家族の一員としての母性愛的隷属から、解放されなければならぬ。夫はつまり日本[#「日本」に傍点]の「家庭」というものが従来の魔術を失うことなのだ。
[#改頁]

 21 学生スポーツ論

   一 スポーツ・就職・学生[#この行はゴシック体]

 政治家などは多分、忙しくて困る困るといいながら、忙しくしていないと居ても立ってもいられないのだろう。学者は苦しい苦しいといいながら、本を読んだり物を書いたりしていないと落ちつかないらしい。サラリーマンは退屈だ退屈だといいながら、仲々愉快な暇つぶしをやっているようだ。自分の行動形式が結局一等好ましいものだということを、義理にも正直にいい触らさなければならない者は、恐らく、信仰家と呼ばれる宗教専門家だけだろうと思う。――ひとり宗教的信仰に限らず、政治上の奔命もビジネスも読書や著述も、一種の耽溺三まい[#「まい」に傍点]境を用意している意味で、どれも薬品的な阿片的な効果を有っているのである。
 スポーツも亦この意味で、他の行動形式と同様に、一つの阿片であって、特にそれが生理的な効果にもっともよく結びついているだけに、宗教的自己高揚よりも、もっと阿片的だといっても好いかも知れない。だが宗教が民衆の或いは寧ろ無知な市民や農民の、阿片だとすれば、スポーツは中層市民の、或いは特にインテリ市民の阿片なのである。
 心理的興奮や生理的興奮が、瞬間、楽天的な世界観を伴うことは、たとえそれが不健全な現象である場合でも、それだけでは少しも非難に値いしない。自分自身でスポーツをやって見れば、少なくともそれがどんなに愉快な、良い、健康感を覚えさせるものであるかということは、すぐ判る。
 だが、この甚だ結構なスポーツが、阿片的効果を現わすのは、第一に、それが耽溺という形で、例えば社会的関心とか実際生活の計画性とかから全く隔絶して、丁度四畳半にシケ込んだと全く同じに、逃避境を提供するようになった場合である。それは「文学中毒」や「哲学中毒」と少しも変らないので、昔の文学青年や哲学青年は煩悶や厭世で自殺したが、今日のスポーツマン(スポーツ青年)が自殺しないのは、偶々阿片がスポーツの場合では、心理よりも生理の方に先に効くので、それだけスポーツは「健康」で「健全」であるからに過ぎない。
 これはまだ良いのだが、このアヘン的効能が社会的に利用されると、色々な結果をもたらして来る。かつてはスポーツを体育[#「体育」に傍点]と称して奨励したが、そういう「体操」は段々人気がなくなって、剣道柔道というようなもっと「精神的」な武士らしいものが公認となり、やがて一寸下等になっては相撲が台頭し、それからいわゆるスポーツとして野球が絶対王権の玉座を占めるに至った。しかしもう野球となっては、ほとんど日本魂がなくなっているから、それに対抗
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