て一歩進めば、もはや観照[#「観照」に傍点]ではなくて事物に対する実際的処置となって了う。
尤も観照とか見るとか視覚とかいうことは何も映画に限ったことではない。絵画・彫塑・写真・舞踊・劇に至るまで、之に基いているわけだが、映画は之を単に動く写真[#「動く写真」に傍点]と考えて見ても、すでに最も具象的な視覚の内容を充たすものだという処に、その特色があるのだ。美術も舞台も夫々固有な芸術的リアリティーを有っている。写真的なものであろうと象徴的なものであろうと、芸術的[#「芸術的」に傍点]リアリティーの分量の如きものには関係があるまい。だがそのことと、美術や舞台が、一般に夫々の視覚的芸術が、空間的時間的、社会的歴史的な本来の現実から、夫々の程度乃至方針に従って、抽象された世界のものであり、従ってこの現実の[#「現実の」に傍点]リアリティーからの夫々の距離での抽象化を持っているという関係とは別だ。つまり芸術的[#「芸術的」に傍点]リアリティーの問題とは別に、現実実在の再生という意味でのリアリティーを考えねばならぬのだが、之を映画について考えて見ると、映画はこの意味で視覚の最もリーヤルな内容を充たすものなのだ。スクリーンに現われる内容は最も具象的なのだ。その芸術的[#「芸術的」に傍点]世界が具象的であるなしに関係なしにそうなのだ。
この誰でも知っている事柄は一見何でもないようなことだが、之が映画の内容の特色を最後にまで渡って決定する先決条件になっていることを、まず卒直に見とどけなければならぬと私は考える。つまり映画は何と云ってもまず第一に写真であり、動く写真であるということを、強調しなければならぬ、それの上で一切の映画美学が試みられるべきだというのである。この写真は云うまでもなく最も具体的な現実的リアリティーを有っている。修正や所謂芸術写真というようなものであっても、もしこの現実的リアリティーの再生を土台にしないならば、写真の独特な好さは見失われるだろう。この写真の現実的リアリティーにモーションと音とを加えたものが、スクリーンの物理的イメージなのである。
以上云ったことは全く生理的物理的基礎の外へ出ないのであって、映画の社会的・歴史的又劇的・文学的其の他の条件をまだ問題にしないのだが、それだけでもすでに映画に特有な一つの世界の説明として足りるものがある。実写[#「実写」に傍点]というものが之であって、之は地球の上で起きる現実的リアリティーの任意の部分(その選び方やカメラのアングルには実はすでに社会的・文学的・美術的・其の他の観点があるのだが)の再生に他ならない。何時幾日に何処で何が如何に起きたかを、或いは何かがどこかでいつかどのように起きたかを、再生するのが「実写」や「ニュース」の謂である。
実写やニュースは単にそれだけでも、私に映画の価値を尊重させるに充分だ。人はニュースなどに何の芸術的価値があるかと云うかも知れない、映画は一つの芸術たることが建前ではないかと云うかも知れない。映画は確かに芸術が建前だ。だがそう云うなら、ニュースは一体なぜ芸術的ではないのか、と私は云いたくなるのだ。私はかねがね新聞の社会面のニュースが、如何に文学的真理に乏しいかを悪んでいる者の一人だが、それはニュースが文学価値を有ち得るという想定に立つからこそである。ニュースが芸術的でないのは新聞社に雇われている記者達が記者として不充分だからで、少し乱暴な空想を許して貰えるならば、ホメロスでもつれて来ればニュースは立派に文学的になるだろう。と云うのは社会的眼光や心理的把握に於て、この現実的リアリティーたるニュースを、真理にまで高めることだろう。実写と云っても馬鹿にはならぬので、カメラの力によって開拓された自然の嘆美は確かに人類のリアリスティックな眼を肥やしたと云わねばなるまい。故寺田寅彦氏だったかと思うが、自然物は拡大して見れば見る程精緻であるに反して、人工物は拡大して見る程粗雑だというようなことを云っていたそうだが、こういう観察の誠意は今日では正にカメラの賜物なのだ。社会的な事件でも、或る広場に於ける大衆の行動で、大衆がどんな口つきをしどんな眼の色をしたかは、新聞のニュースなどでは伝えられないが、カメラはこうした文学的に大切な社会観察を与えて呉れる。
絵や劇では到底こうした現実的リアリティーから来る人間的感動を与え得ないことは明らかだ。私は別に社会時評も一つの文学の大切な様式だということを主張したいのであるが、それはこの現実的リアリティー(芸術的リアリティーではない)そのもの[#「そのもの」に傍点]が持つ芸術価値を云いたいからだ。
実際吾々が物見高いということは、ただの妄動性や野次馬性をばかり意味するのではない。人間のジャーナリスティックな本能に基くのであ
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