こともありそうなことで、この大軍に対比しては、関東軍はわずかに行軍状態とも云うべき有様だと陸相が説明しているその少数の関東軍さえが、ソヴィエト政府に云わせると矢張時々××から×××すそうだ。
 駐日ソヴィエト・ロシア大使ユレニエフ氏は六月二十六日広田外相を外務省に訪問して去る六月三日ソ満国境楊森子付近に於けるソ兵越境問題は、実は日本兵が××したことに原因するものだと抗議を申し出たのである。外相は、事件が全く満州国領土内で発生したのだからソ兵側の越境によることは明らかだと反駁し、併し今例の日本式の現地解決主義によってハルピンに於て交渉中だから、その話しはまあ後にしましょうと云い、それよりも日ソ満三国国境委員会設置案を具体化する方が外務省として手頃な交渉ではないかと云い、否それよりもソヴィエトの国境軍二十万は多すぎて危険だから、半分か三分の一に減らしてはどうか、という具合にユレニエフ氏へ持ちかけた。現地解決ということを知らないユレニエフ大使は、ウッカリ問題を霞カ関などに持ち込んで来たので、逆にとんだ負担を負わされて引き下らざるを得なくなった。
 そこでソヴィエト政府は七月一日同大使に命じて
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