ので、一般的な日支親善の実質も亦段々物になりかけて来たと世間では云っている。
これほど結構なことは、支那にとっても又とある筈はあるまい。例えば今まで云わば一種未開の地であった北支那に、鉄道網が敷かれたり、製鉄、石炭、電業、電信、電話等の産業交通が愈々盛大になったり、満州国の貨幣が一律に通用したりすることによって、北支は全く文明開化されるわけだ。イギリスはこうして印度に恩沢を施した。日本はそれを更に親切な仕方でやるのだから、支那側に文句のある筈はないのである。――処が頑迷固陋の中国人は、自分の畑を他人が耕して呉れるのを、どういうわけだか余り歓迎しないのではないかと思われる。例えば当然無条件に支那側が恐縮して然るべき例の不敬事件に就いても、中国国民は必ずしも恐縮してはいないらしい。却って、この事件の責任者の公判廷には、排日宣伝ビラが貼られたり、傍聴人が被告と握手して之を激励したり、弁護人と傍聴の党員とが計画的に騒擾を起こしたりしているのである。傍聴者達は騒擾を起こしておきながら一人として逮捕されるものがないどころか、凱歌を奏して法廷外に出て行ったというのだ。
日本側代表と日本国民自身と
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