に秀才[#「秀才」に傍点]教育か何かを主義にした方が、教育の理想から云って合理的ではないだろうか。所謂中産階級層以上の子供を一様に教育する代りに、その内での相当の秀才だけを選抜[#「選抜」に傍点]して教育した方が、ブルジョア社会の幹部候補生養成としてもズット合理的な筈である。中産階級層以上の家庭なり子供自身なりが進んで中等教育を受けさせよう受けようというのを拒むことは正しくない、というなら、無産者がその子供にせめて形式的な中等教育(内容には随分歪曲された社会知識を注入するがそれは大人になれば訂正される)を受けさせようという気持になることを拒むことは、正しいことか。ブルジョア的有力者の馬鹿息子が中等以上の教育を受け得ないのは世道人心を害するとでも云うのであろうか。
 さてこうなって来ると私は、一般に云えば寧ろ入学試験の讃美者とならねばならぬ。単に学校の収容人員に対して相対的に入学を制限するばかりではなく、寧ろ子供や生徒の知能の絶対的な一定標準に従って、入学を制限した方がよいとさえ考える。ブルジョア層や小市民層出身の出来ない生徒を相手にしたことのある教師は、これだけの数の生徒を無産者大衆か
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