議する。どれも多分「純スポーツ的」立場からに違いないだろう。
処が中央大学の先輩団はどう思ってか、自分の大学の選手に対して、敢然参加せよと打電したものである、あくまで「運動家としての責任」を尽せ、と云うのである。それに実は明大選手達などはなぜかひそかに出場を希望している。――で、どうもこの方がスポーツマンとして純真であるような気がしてならないと思っている矢先、突然、甲子園にいる参加傾向のある五人の陸上選手が、十数名の暴漢に襲われて、棍棒で殴打されて血を流したという不祥事件が発生したのである。無論右翼の×××の仕業で、「×××」の仕事なのだが事件が展開して行くに従って役者は銘々その正体を暴露して来るものであって、どっちが本当に「純スポーツ的」な立場かということが之で判りかけたかと思っていると、先に軍人とスポーツは無関係だと云って噂を迷惑がっていた戸山学校は今度は、例の将校団の決意を裏書きしながら、「国家を離れてスポーツなし」という新らしい発見を発表した。でこれから先は「純スポーツ的」なものには少くとも二種類あるということを忘れてはならぬ。
「我国の体育は皇国の大国是に基き、皇道精神の涵
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