総長の名を騙ったのを、ウッカリ本物と思い込んで了ったのではないか、と。それならお鯉さんは少くとも嘘つきの悪名だけは雪げるわけである。(一九三四・四)
[#地から1字上げ](一九三四・五)
[#改段]
失望したハチ公
一、失望したハチ公
雨の日も風の日も、死んだ主人にお伴をした習慣のままに、渋谷の駅頭に現われるハチ公である。彼は今では全くの宿なしで、大分老耗したルンペンだったが、外に行く処は別にないし、それに習慣というものは恐ろしいもので、周囲の事情がどう変ろうとも、渋谷駅の方に足が向く古い癖は決して直ろうとはしない。だが彼はこの牢として抜くべからざる奴隷的な陋習のおかげで、渋谷の駅頭ではすっかり縄張りが出来上り、顔なじみも段々殖えて、自分のルンペン振りもどうやら職業化して来たことを感じるようになったのである。
初めは嫌な顔をして見せた駅夫達も、彼の「顔」が相当売れ始めたのを知ると、時々お世辞などを云って接近しようと企てる者さえ出て来る。特に彼が駅長の注目を惹くようになってからは、彼は云わば駅に於ける公民権を得たようなもので、前よりも一層有利な条件で以て自由に自己宣伝
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