外な決意だということが世間の婦人達や男達の常識観のようである。
だが併し実は少しも不思議がることはないのである。フィリッピンのオリンピック選手と誼みを通じたり、フィリッピン人の低能留学生をさえチヤホヤしたりする位の近代日本女性であって見れば、由緒の正しい黒人王族に感能を動かすことは、あまり不自然なことではあるまい。殊にエチオピア帝国は皇統連綿恰も実に三千年に及んでいる。この頃流行る日本主義者達の説明によると、日本精神なるものは何よりも先に、わが国の皇統連綿たる点に立脚しているので、この点こそわが国体の本質に外ならぬそうである。そうすると、恰もエチオピア帝国は、その国体の本質をわが国の夫と極めて相斉しくするものということが出来る。わが国の国体を愛するものはだから、誰しもエチオピアの国体をも尊敬しないものはない筈だ。そして国体に対する尊敬さえ持てたら、後の色々な点は実は云わばどうでもいいので、その国の文化水準がどの位進んでいるかとか又はどの位進歩し得るかと云うような点は、国体に較べれば大した問題ではないのである。そう考えて見れば、黒田嬢の例の決意には、何人も肯かずにはいられない国民道徳的
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