から見て、紛れもなく実証的な現実味を有っていると見えるからなのだ。と云うのは、例えば共産党というようなものが恐るべきだとか何とか云っても、日本ではまだ殆んど一人も、本当に共産党員のために苦しめられた人間はいないらしく、共産党の害悪に就いては、よ程熱心に話をきき不審を克服しない限り飲み込めないものがあるのであり、その意味では之は云わば全く仮空の人気の悪さに帰着するという他ないのであるが、之に反してギャングの害悪になると、社会の少なからぬメンバーが事実上身にしみて直接それを経験しているのである。この他人からワザワザ教えられなくても実証的に現実さを伴って自分に判る処の害悪のこの本拠を警視庁が衝いて呉れたのだから、世間では初めて警察の有難みを身辺に感じ始めたと云ってるようなわけなのである。
尤も、暴力団から大きくユスられたり何かするのは、例えばデパートや保険会社だそうであり、従って結局資本家のポケットがいためつけられるだけだから、世間一般にとっては大した有難みではないという者もいるかも知れないが、併しギャングの行動乃至その行動の対象には色々あるわけで、大きな会社には外来の暴力団にそなえるための一種の責任ある暴力団が組織されている処もあるから、それだけ却って暴力団の暴力団らしい言動は、孤立した弱い個人や、所謂弱い商売などという対象に向けられることになる。普段は社会的に弱い地位におかれた個人や所謂弱い商売(接客業其他)に強く当っている警察が今度は同じことをやる暴力団と正反対の立場に廻ったのだから、之は何と云っても推賞しなければならぬ企てなのだ。
都下の或る小新聞の報道する処によると、今度のギャング狩りには初めから大新聞との連絡がついていたのであって、各種の微小新聞をいためつけることによって、大新聞のファッショ化(?)を招来しようという新聞営業戦術と結びついている、というのである。その証拠には大新聞の内からは殆んど一人も怪我人を出していないではないかというのである。こう云っている新聞自身は、その社長が「怪我人」として出ているらしいから、この推察の真偽の程は判らないが、仮に之が本当だとしても、こういう観点から今回の企ての価値を割引きすることは筋が通るまい。大新聞の利益になろうがなるまいが、各種のゴロツキ新聞は総ざらえにすべきものではないのか。
今回の警察権力の発動に就いて世間
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