学内行政進出を防ぎ得たからである。今日の私立大学の大先輩達が、大学を自由にするのは、自分達の自由にする意味であって、大学の自由を与える意味ではないという事実を、併し若い卒業生や学生は知らなかったか又は過小に評価していた。野上氏が退いてその結果は、校友理事達の云わば美濃部排撃的な常識が権力を持つことになって、自由主義教授達は尽《ことごと》く追い出されるか時間を激減されたのであるが、頭の良くない法政の学生や若い先輩は、今更のように驚いて、之を一種の偶然な原因に帰している。この間『社会評論』の四月号に出た法政騒動談を読んで見たが、矢張法政一流の偶然観的社会分析(?)しかない。――野上氏の人格などとは関係なく、法政の条件は分析されねばならなかったのだ。
野上氏は長く関係していた法政をやめて、九大の英文学の講師をしたり、能の本を出版したりして、愉快そうにしているが、之は一体どうした間違いだろうかと思う。なる程野上氏には之で見ると、あまり「愛校心」はなかったようだ。
内田百間氏は免職と同時に続々として随筆集を出版して敵味方を驚かした。氏の作品を見ると、私は氏が一種の被害妄想狂であることを信じる。氏の有名な借金上手も、この点から充分に説明出来る。借金という貸主からの被害がなくなると、内田氏は初めて本当に憂鬱になるだろう。愛惜される憂鬱ではなくて、憂鬱な憂鬱が来るだろう。その時が来るまで氏は書きつづける。氏は決して森田氏が云っているような騒動の巨魁などではない。
百間氏の被害妄想症に対比されるべきものは森田氏の有名な露出症である。森田氏はいつでも忽ち用もないのに腸《はらわた》を皆に見せて廻る。尤も見て了ってから徐ろに又元の腹壁に大事そうにしまい込むのであるが。この露出症が学生の気に入って、若い卒業生達に担がれて反野上の巨頭となったのだが、元々大した見透しがあったのではない。常識的な理事が出て来ると、忽ち馘となって了って、担いだ若い校友達の方は教師に返り咲きしたり新らしく学内就職に成功したりしたから、そこで氏は西郷南州となった。すると野上氏はさしずめ山県有朋になるわけだが、なる程之は官僚の元祖であった。
罷免後の氏の消息をあまり知らないが、何と云っても草平氏は過去の型の人物ではないかと思う。帝大新聞に例の小説『煙烟』を『梅園』と書かれたと云って悲観していたが、今は大衆文学や歴
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