もなるのである。
処が列車顛覆事件のあった翌々日が九月一日である。この日は関東震災から丁度十一年目の日で、地震や火災の焼死は云うまでもないが、それ以外の×××××××××××××××××××××××××××××、凡そ忘れることの出来ない記念の日なのである。処で去年以来この多難の日が防空演習日に当てられることになったらしいが、之は非常に気の利いた比喩だと私は思っている。関東震災と帝都空襲とは甚だ直接な連想を有っているので、単に空襲が家屋の倒壊や焼失を惹き起こす点で震災を思い起こさせるばかりではなく、その他の×××××××××××させる点でも震災とそっくりだからだ。
今年のは念が入っていて、可なり強い風雨にも拘らず、東京川崎横浜の三都市は完全な燈火管制を実施し、高射砲の空砲の音までがラヂオで放送されたのであるが、そしてその合間合間に極めて雄壮な軍人や有志の講演が※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]まれていて私などは戦争というものが実に××××××仕事のように思えて来てならなかったのだが、それはいいとして、防空演習の想定なるものを聞いていると、問題は北鉄に出没する匪賊のことどころではなく、正に自分の頭上にあることが気になり出して来るのであって、又々不安に襲われ始めるのである。赤い魔手は新京の近くどころではない、東京の頭上に臨んでいると、ラヂオは悲壮な声で叫んでいるのである。
私は併し、防空演習のラヂオ放送を聞きながら、一種特別な心配に支配されざるを得なかった。と云うのは、又例の××××××がこのラヂオ放送などを耳にして、日本の軍部はこんなことを云ったあんなことを云ったと云って、愚にもつかぬことを×××××××しないかということだ。何も云わなくても云ったという男だから、ラヂオで聞いたことなら見逃す筈はあるまい。尤も仮に捻じ込んで来ても北鉄従業員検挙事件のように逆ねじを喰せることが出来れば心配はないが、こっちの方がそう行かないとなると困りはしないだろうか、というのが心配になり始めたのである。――吾々はこうやって、夫から夫へと不安に駆られながら、段々興奮して行くのではないか、という不安がある。
[#地から1字上げ](一九三四・一〇)
[#改段]
パンフレット事件及び風害対策
一、パンフレットの恩恵
有名な一九三五・六年
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