ることが目的で大学に籍を置いている者は兵役の一部分を免れんとするもので立派に兵役の忌避であり、彼等が教室に顔を出さないのがその徴標と見做されるというわけである。
だが問題は実際上はそんなに簡単には片づかないらしい。東朝や東日の投書欄によると、高等学校を卒業しても帝大や其他の大学に這入れないものが年々数千名にも上るが、そこで兵隊に採られては今後の学生生活にスッカリ、ブレーキをかけられることになるので、夫を避けるために、入学試験勉強期間中私立大学などに籍を置くのだから、之は相当同情されるべきものだ、というのが第一の種類の抗議である。第二には、出欠を取らない大学でどうやって就学不就学を決定出来るか、教室へ出なくても立派に勉強出来るということも考えて見なければいけない、というのがもう一と種類の抗議である。
尤も陸軍では学生自身よりも、徴兵延期を看板にして入学者を吸引しようとしている私立営業大学を懲しめようとするものらしいのだが、もしそうならば学生は随分割の悪い道具に使われるわけだ。それに之が農民に対する一種のコンペンセーションとして行われるならば、学生は増々割の悪い道具になるわけである。無論この際損をする学生はどうせロクな学生ではないのだが。
だが能く考えて見ると、別に学問や勉強だけが特に神聖なものでもなければ、特にそれだけが中断すると困るものでもない筈だ。農民の生活だって一年半なり二年なり中断すればそれだけ後の生活には支障を来たすし、労働者は又就職口の探し直おしをしなければなるまい。それに、研究が神聖で労働が不神聖だということもあるまい。否労働こそ神聖でなければならないのだ。だから卓越した日本の天才的な労働者達は外国の労働者などよりもズット長い最少労働時間を約束しているのだ。日本の製品が海外に勇飛して諸外国の羨望の[#「羨望の」は底本では「※[#「義」の「我」に代えて「次」、159−下−24]望の」]的になっているのも此労働の神聖さをよく吾々日本国民が自覚しているからなのだ。で何も学問や勉強をする学生だけが、徴兵上の特権に与かる理由はない筈である。もしいつまでも親の脛を噛って学問や勉強を続けて行けるということが社会の一種の特権階級の特権であるが故に徴兵上も亦そうした特権が必要だというなら、夫は由々しき社会の欠陥を合理化するものでなくてはなるまい。
それに、大学に籍
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