世になって、句仏上人のような俗物的な宗教離れのした宗教家業の子孫が産れて来ると、この変な制度に対する血液の不平が、色々の形で爆発するようになって来る。それで句仏氏は孫の得度式に、その血統の正義から云って、正に「前法主」として、出席を要求したり何かして、法燈に嵐を吹きつけることにもなるのである。
――だからどうも、内局で官僚的な手腕を振ってぬけ目のない僧侶達よりも、句仏氏の方に遥かに真理があるのであって、倒錯した環境では、真理のあるものの方が、いつも評判の悪い方に廻されるのが、末世の常であるようだ。
血液と制度との結合から来る凡ゆる混乱や矛盾は何も東大谷家に限ったことではない。これによって制度は制度としての運用の途を誤り、血液は血液としての自然を傷けられる。一方に於て客観的な事物の関係を不合理にすると共に、他方に於て人間の人間らしさが失われる。こういう関係は今に、例えば親が子を可愛がることが、大変珍らしい不思議な、従って奨励すべき得がたい模範ででもあるような風に考えられるようにさえなるかも知れない。人間もそうなってはお終いだ。(一九三四・五)
[#地から1字上げ](一九三四・六)
[#改段]
武部学長・投書・メリケン
一、武部学長
日本教育新聞社長、西崎某なる人物を相手取って、文部省普通学務局長武部欽一氏が、謝罪要求の訴訟を提起した。『日本教育新聞』で「断乎武部打倒」を論じたからである。西崎某の検事調書によると、彼が一年程前に、社会教育局長関屋竜吉氏の許へ行くと、局長は、「武部が五十や百の金を出すと云っても妥協してはいけない、その位いの金なら私が出してやる」と云って、武部打倒の例の記事を書くように勧めたということである。あとで西崎は関屋局長から、多分謝礼としてだろう、二、三十円の金を貰って口止めをされたというのである。
事件の真偽の程は判らないが、そして天下の文部省の局長が教育新聞社長などに恐喝されるのも意外だし、二、三十円でこの社長を買収したのも相当滑稽だが、併しとに角一方では武部他方では関屋の、省内に於ける深刻な暗闘がこの事件によって表面に出たわけで、更に関屋局長の背後には粟屋次官が控えているそうだということは、被告側の例の社長が粟屋次官を訟人として申請していることでも判るし、又最近粟屋次官の辞職説さえ出ていることからでも、見当がつくようだ
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