えなければ自重もしなければならないというスポーツマンシップの約束が発生するわけで、この道徳を大切にする必要が選手自身の生活から云ってあるとすれば、時には選手は自身とこのスポーツマンシップとの間に板挾みにもなるだろう。その結果自殺する場合だっていくらでも想像出来るわけだ。
 独り運動選手には限らない。一切の人気稼業の者共は、文士であろうと女優であろうと今日ではこうしたスポーツマンシップを大切にしているし、又大切にしなくてはならぬ。そればかりではない、このスポーツマンシップのためならば、いつかは身を滅ぼすだろうだけの覚悟がなくてはなるまい。現代のマネージャーシップがそれを欲するのだ。

   二、賄賂から国民精神まで

 例の教育疑獄も一段落告げることになったそうである。もういい加減に一段落つげないと、四月の新学期初めの小学校人事異動には間に合うまい。で、既にこの間小学校長の大異動を見たからもう大丈夫そんなにあの疑獄は発展しないだろう。四月には第二次の大規模な人事移動が発表された。今度は収賄や贈賄の容疑者ではなくて(その方は今も云った通り一段落つげることにしたのだから)、ひそかに入学試験準備などをやっていた校長や訓導に手が廻るらしい。無論之は司法上の問題にはならないから、単に更迭されるという迄だ。
 とに角今度はよほど気をつけて、「正しい教員」だけにするか、それとももし正しくない教員が残っているならそれを「正しい教員」にたたき直さなければならぬ。で訓導教育は甚だ重大性を今の処帯びて来た。
 東京府では青山・豊島・女子・師範学校の卒業生が二日から就職することになったが、この就職ということが今の場合大問題である。別に就職難だからというのではない、ここでは士官学校と同じに就職難はまず存在しない、問題なのは就職の心掛けなのである。その心掛けは併し就職して了ってからでは多分間に合わないだろう。なぜというに、誰も初めから、就職したら収賄してやろうなどと思う者はあるまい。まして贈賄してやろうなどとは誰も思う筈はない。なる程金を溜めようと考えているものはいるかも知れないが、なるべくならば無理をしないで金にありつきたいという「純真」な気持を持たない者はあるまい。処が一旦就職すると仲々そうは云っていられないということが判って来る。だから就職して了ってからは、もうお説教しても間に合わない。就
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