を待っていることを、彼自身その時知っていたかいなかったか、それは想像の限りではない。
彼は今度ですでに四度目のデビスカップ戦に行く処だった、現に昨年の秋デビスカップ戦を済まして帰って来たばかりだ。だから文部省の留学生のように郷愁に襲われるような柄ではない。けれども同行の西村選手からの電報によると、彼の脳中には何かある邪念が巣くっていてそれが彼をたまらなく不安にしていたらしい。タオルを鷲づかみにして額から両眼を何遍も何遍も拭きながら、そうした苦衷を同僚にもらしたというから、その懊悩の姿は眼に見えるようだ。何かの固定した恐迫観念が脳神経にコビリ付いていたのだろう。すでに昨秋帰朝した時以来、友人の語る処によると、数多の奇行が目立つので、友人は無論のこと、庭球協会の幹部中にも派遣反対の意見は強かったという。それがどういうわけか、恐らく当人自身も気分を転換するに好いと考えたかも知れぬ、箱根丸に乗って了ったのである。だが恐らく乗ってすぐに後悔し始めたことだろうと思うのだが。
船の中での彼の懊悩を見て一等事物を公平に親切に考えたのは船長であったらしい。船長は先にも云ったように、帰国することを勧めた。処がシンガポールの邦人達はもっと虚栄心が強くて、日本人が勝つということが何につけ嬉しい植民地根性から、乗船を勧めたものだろう。そこへ庭球協会から、デ杯戦の基金募集がうまく行かぬと困るから是非行って呉れといって来た。庭球協会のこの勧め方は最も合理的であったようだ。併し庭球協会は一つの知識を欠いていた、もし佐藤選手が目的地に行くまでに自殺しないと、彼は必ずデ杯戦で惨敗するだろうという一つの正確な事実の知識を。そうした心理学だか生理学だかを最も好く知っていたのは不幸にして恐らく佐藤君その人に他ならなかったのだ。
協会のこの無知に対して世間は可なりに不満の意を表している。血族や友愛関係にある人達は憤激さえしているらしい。協会葬にもして要らないという気持にさえなっているらしい。それに恐れてかどうか知らないが、或いは寧ろ之を利用してであろうが、関西支部出の協会幹部は総辞職して協会の心胆を寒からしめているようだ。関西支部が取った「責任」にはどれだけの純な所があるか一寸外から見ると疑わしいので、之で以てかねての協会改造の機会を造れると思ったのなら、単に佐藤君の死を上手に尤もらしく利用したわけにな
前へ
次へ
全201ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング