閣僚自身が気乗り薄だというから如何にお手軽でも実行されないかも知れない。ただ、如何に之が実行出来てもおあつらえ向きの百姓が出来るかどうかは問題だし、ましてそうした百姓が農村問題を解決する鍵になるかどうかも、今ここで保証の限りではない。
だが問題はこれが目的を果せるかどうかにあるのではない。問題は、荒木陸相の武士道が後藤農相の手によって「百姓道」にまで下落して来て了ったという痛恨事にあるのだ。軍事予算だろうが、軍縮会議だろうが、愛軍思想(?)だろうが、反軍思想取り締りだろうが、もはや×××では云うことを聞かなくなって了ったらしいのである。何しろ戦争に出るものは主として貧窮した地方農民自身なのだから、百姓は如何に軍服を被せても百姓なので、武士道は被服に達しても容易に骨肉には達しないのは尤もだろう。だから武士道の代りに百姓道が今日絶対に必要になったのだ。
後藤農相は他方に於て農村の工業化の方針を持っている。その意味は実は、工業の農村化なのだそうである。工業を都会に集中しないで農村に移植しようというらしい、少くともそういう結果になりそうなのである。こういう工業の農村化と例の百姓道とどういう必然的な連絡があるか、一寸吾々には判らないが、夫はとに角として、どうしても農村化し得ない工業があるということは農相と雖も否定出来まい。そういう工業があるどころではない、元来が工業というものがそういうものなのだ。処で問題がここまで来ると、今度は多分、中島商工大臣あたりが登場して来なければならなくなる番だろう。併し耕地の換算や国粋建築にとって仇敵のようなメートル法を振り翳す商相のことだから、問題の調子は大分変って来るに違いない。商工大臣が何かの間違いで有力になどなると、百姓道の代りにプロレタリア[#「プロレタリア」に傍点]道などがのさばり出すかも知れない、そうなっては日本もお終いだ、ブルジョア道はこの頃すっかり評判を悪くしているから安心だが心配なのは百姓道が今度は労働者道などにまで下落して来わしないかということである。(一九三四・一・七)
[#地から1字上げ](一九三四・二)
[#改段]
荒木陸相の流感以後
一、エチオピアのプリンセス
皇統連綿三千年の歴史を誇るアフリカの盟主、エチオピア帝国のリヂ・アラヤ殿下が、妃の君の候補者をわが大日本帝国に求められ、子爵黒田広志氏の次
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