いう、事実記事や予報記事までがあまりデカデカと新聞に載り過ぎるので、世間ではそんなものは日常茶飯事だというように思い込んで了う。
 併し本当を云うと、治安維持法に触れるということは、道徳上最も悪いことなのだ、その理由は云わなくても判っているだろう、普通の人間世界ですでにそうなのである、平民にしてからがそうである。それに華族ともあろう者が何か普通の人間の真似をするにも程というものがあるのだ。「不良華族」の除名によって華族らしい華族の数が減って行くばかりではなく「赤色華族」によって華族の質が変って行くようになりはしないかを、私は心細く思わざるを得ない。
 だが最後に、この憂鬱な傾向に、一条の光明を齎らした処の、一つの美談をつけ加えておかなければならぬ。例の起訴された三人の華族の子弟の一人公爵岩倉具栄氏の令妹靖子嬢は保釈中自宅の寝室でいたましくも剃刀自殺を遂げたのである。新聞が報道する処によると、名門の名をけがした自責の念の余り「反逆の血」を死を以て清算したのであって、華族界に対する一服の清涼剤として当局も意義深く感じつつ死そのものに対してはむしろ同情しているそうである(読売新聞十二月二十三日付から引用)。之によると案外にも、まだまだ安心の出来るようなしっかりした人物がいるらしく、そう心配することはあるまい。

   三、武士道と百姓道

 荒木大将(当時は中将)が陸軍大臣になった時、最も興味のあるエピソードの一つだったのは閣下がいつもサーベル(指揮刀)ではなしに軍刀を腰にしているという話しだった。之は武士道[#「武士道」に傍点]を片時も忘れないという意味だそうで、即ち治に居て乱を忘れない精神の現われだそうである。もっと正確に云うと、一九三二、三年頃から一九三五、六年のことを考えているという精神であって、即ち非常時精神の表現なのである。
 尤も非常時と云っても、初めは右翼思想団の直接テロ行動が頻発して困るという時代相を指すのかと思っていると、実はそれよりも待ちに待たれる一九三五、六年が近いということを意味するらしいので、こうなると一体非常時というものは善いものなのか悪いものなのかは判らなくなるのだが、その善し悪しには関係なく兎に角非常時は非常時なので、それが荒木陸相の真剣なる軍刀となって現われたのである。
 その後東洋哲学が誠に急速な進歩を遂げると共に、陸相の軍刀が象徴す
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