て持ち上がる。まず早稲田側では三原選手が今云ったスポーツマンシップの「真剣性[#「真剣性」に傍点]」を理解しないで、恋愛などに走って了ったという事件が起きたが、之は婦人雑誌に一任するとして、他方早稲田の応援団が再び更生するという吉報が齎らされた。今春来幹部と反幹部との対立で潰れそうになっていた応援団がどうやら復活してこの秋の早慶戦に臨めそうだということになったのである。軽薄な存在には幹部と反幹部との対立などはあり得ようがなく、政党や組合というような真剣な存在であればこそ特にこうした対立がつきものなのだが、この点から見てもリーグ戦応援団の真剣性・深刻性は判るだろう。で早稲田には真剣な応援団が更生した。その活躍振りは刮目して見るべきだということになった。
 慶応は慶応で十月二十二日の早慶三回戦に先立って、リーグ当局を恫喝し始めたのである。銭村・小林の審判は御免を蒙るという申し出である。併し芸人の芸が如何に優れていても、興行主は興行主なのだから、リーグ理事会は審判の権威の名の下に、慶応の申し出を斥けて、リーグ当局自身の権威を擁護することに決心したのである。そうでもしないと、うかうかしていると、小屋が潰れて了うので、早慶自身はとに角、興行主たるリーグ当局の役員生活問題にも関わるからである。だがそれにしてもリーグ当局はそれだけ「権威」を問題にされたわけであって、この時以来慶応野球部の「権威」には恐るべきものがあることが発見された。
 早稲田の真剣な応援団と、慶応の権威[#「権威」に傍点]ある野球部とが、顔を合せる日が来た。その日軽薄で見識のない早慶ファンが前の晩から山のようにつめかけたことは断るまでもない。処で試合中、権威ある野球部の意を体した慶応の選手は、審判官の審判の権威を盛んに覆しては、自分の権威をひけらかしたが、その結果かどうか知らないが、われ等の世界史的な審判[#「世界史的な審判」に傍点]のサイレンは遂に慶応方のために鳴り響こうとしたのである。その瞬間、神様は偶然にも楽園のアダムとイヴを思い出して了ったのである。――そこで早稲田の真剣な応援団は、猛然として贖罪と救済とのために起ち上り、同時に慶応側の権威ある指揮棒が行方不明になった。ということに、少くとも早稲田側ではなっている。この際、切符の不正改札をしたり、「顔」に向っては言葉通り顔負けをしたりしつづけている場内整
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