ヌう関係するか。そのためには直観という概念を根本的に規定しなければならない。向には直観を思惟に対する限界と定義したに過ぎなかったが、思惟が限界されるということには二つの場合があると思う。第一は思惟と直観とが互にフレムトなものと考えられた場合である。無論思惟と直観とは結び付くことは出来るがその場合でも直観内容は思惟に対する偶然として現われ思惟は自らの力によって予め之を決定することは出来ない。思惟が直観を基けるのでもなく直観が思惟を基けるのでもない。直観は直観であり思惟は思惟である。何かを思惟するという時思惟されるものが必ず直観内容であるならば思惟は直観に基くか又は之を基けることとなるから今の場合の思惟ではない。それ故思惟されるものが直観内容でなくてもなり立つ処の思惟だけが今の場合の思惟である。このように考えられた思惟と直観との区別に於ける直観を感性的直観と定義する。第二は之に反して思惟と直観とは必ず結び付いていなければならぬと考えられた場合である。云い換えれば思惟と直観とは或る一者の必然的な二面であると考えられる時である。直観内容を云い表わすには思惟を通じてでなければならぬ――即ち直観は
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