煤u歴史的に運動する」に傍点]に当って、その運動がまず下部構造から起こり、之が上部構造の運動を呼び起こす[#「呼び起こす」に傍点]と考えることによって、この運動全体が統一的に分析出来る、ということだったのである。――弁証法的唯物論の一部分としての史的唯物論の定説は、社会を単に物質的本質と見るばかりではなく、この物質的[#「物質的」に傍点]な社会を、歴史的[#「歴史的」に傍点]発展を持つ弁証法的本質として、見ねばならない筈であった。史的唯物論の定説に於ける唯物論のモメントは今や、この弁証法[#「弁証法」に傍点]のモメントに結合されねばならぬ。そして之から吾々は、唯物史観の定説[#「定説」に傍点](体系)の内に、唯物史観の方法[#「方法」に傍点]を織り込んで行かざるを得なくなる。
史的唯物論は、方法としては、一方に於て弁証法的方法であり、他方に於て唯物論的方法である。今この二つの規定を、史的唯物論に於ける根本観念である処の、決定[#「決定」に傍点]・規定[#「規定」に傍点]の概念に当て嵌めて検討して見よう。
弁証法的方法としての史的唯物論は、存在を、社会を、固定・静止したものと見ること
前へ
次へ
全322ページ中304ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング