て不具的な発達をなす所以を先に述べた。だが、そういう一種の例外にぞくする部面は抜きにして考えると、資本主義下の技術は、資本主義それ自身の発達と共に発達を来したものであるにも拘らず、資本主義自身の発達が自分自身の矛盾の尖鋭化を意味するようになって来ると、その発達が自然に又意識的に、抑制されざるを得なくなって来る。発明・発見の成果は故意に放擲されたり(例えば特許権を独占することによって特許使用を全社会に向って禁止する大産業資本を見よ)、技術そのものの制限さえが提案されたりする(例えば機械の代りに人力を用いて失業救済をしようとする)。技術という観念そのものが不吉なものに思われ始める(技術文明の罪禍!)。技術学的与件と要求とは、だからこの場合著しく制限されざるを得ない。
それだけではない。利潤追求を終局の目的とする資本主義機構に於ては、技術の発達なるものは実は生産技術の発達のことではなくて、結局は利潤追求の技術[#「利潤追求の技術」に傍点]を高度に合理化すことでしかない。技術学的研究のインスティチュートは、現に多くの場合利潤産出の物的機関としての工場の一部にぞくしている。生産力の技術学的促進
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