いけないだろうが)、この何等かのプラスなるものが何かという疑問が残るのである。そして単に、技術が労働手段の体系だと云っただけではこの疑問を解くことは出来ない。この何等かのプラス、「体系」という言葉が云い現わすXは何等か技術的なもの[#「技術的なもの」に傍点](単なる道具や機械ではなくて之に体系的に結びついた処の)だとでも云う他はあるまい。だがこれでは、「労働手段の体系」というのは、技術を説明するものではなくて、却って逆に、「技術的なもの」によって初めて説明され得るような観念でしかない、ということになる。
 思うに、労働手段の体系は、所謂技術そのものではなくて、単に技術的なるもの[#「技術的なるもの」に傍点]、生産力にぞくする労働手段に於ける例の技術性[#「技術性」に傍点]、の表現でなければならないだろう。生産力の一定の技術性(技術自身ではなく)こそ、「労働手段の体系」が云い表わす現物なのである。では所謂技術・技術そのもの、とは何かというと、之は単に生産力や或いは又それの直接の結果であり形式である処の生産関係などの領域だけに止まらず、広く社会的規模[#「社会的規模」に傍点]に於て理解され
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