解釈する自由な解釈の哲学=体系的なフラーゼオロギーとなるもののことである。之は今日の日本の自由主義・文化的自由主義・の哲学的支柱の一つともなるものであり、そして夫故に又更に、日本型文化ファシズムの支柱ともなるものだ(その点日本にだけ特有な現象ではないのだが)。
文献学という科学は、云うまでもなく立派な科学である。それは歴史科学の絶体不可欠の認識手段である。もう少し広く理解すれば、夫はアカデミー的学殖をさえ意味する。そういう点から私は文化の思想水準と文献学的水準とを区別出来るとも思う。文献学的レベルは専門技術的な水準を意味する、特に広義の文学的学科に於てはそうだ。だがそれにも拘らず、文献学の哲学的世界観的拡大としての文献学主義に現われる処の、云わば文献学[#「文献学」に傍点]精神=フィロロギー精神は、もはや科学的精神ではない[#「ない」に傍点]。もし評論などに於ける文学的精神がこの文献学精神を出ないなら(文学=リテラチュア=文献)そういう文学的[#「文学的」に傍点]精神は正に科学的精神の正反対物だということを、記憶せねばならぬ。
日本の文化常識では、科学というと自然科学のことだと思われている。必ずしも日本だけではなくて、科学的な社会科学[#「社会科学」に傍点]を信用しないブルジョア社会に於ては、どこの国でも多かれ少なかれ見受けられる処の現象だ。だが科学を自然科学に限定する合理的な理由は無論全く見出され得ない。科学的精神とは、自然科学一点張りのことや所謂「科学万能主義」や又「科学主義」とは、云うまでもなく別だ。科学主義の名に値いするのは例えばフランスのル・ダンテクのものなどであろうが、之は実証主義認識論の現代的形態の一つと云っていいだろう。そして実証主義[#「主義」に傍点]なるものと実証的精神[#「的精神」に傍点]との相違は、常識にぞくする。現代唯物論は実証的精神によって貫かれているが、実証主義は一種の現代観念論に数えられるのである。
科学的精神は真の[#「真の」に傍点]意味に於ける実証的精神[#「実証的精神」に傍点]である。というのは、単に感性に訴え感性の保証を要求するだけではなく、その感性が主体的な能動性の発露面・出入口・の役割を担うのだ。つまりこの感性は実践と実験の窓なのである。之がなければ事物の時間的歴史的推移の必然性の内面に食い入って之に対処することが出来ない。科学的精神とはその限り歴史的認識の精神[#「歴史的認識の精神」に傍点]である。事物をその実際の運動に従って把握する精神なのだ。
だが科学的精神の意味する実証的精神は、同時に技術的精神[#「技術的精神」に傍点]をも意味する。その意味はこうだ。実践や実験は要するに社会に於ける生産の技術から離れては、社会的に存立するものではない。社会の生産技術に触れない如何なる行動も、単に肉体の運動ではあっても少しも実践的ではない。世界を根柢から動かすことが実践の最後の意味だろうが、生産技術に関わりない行動は世界を根柢から動かすことは出来ぬ。実験のプロパーな意味は、こうした技術的機動力を有つ実践が、自然に対して働きかける場合を指す。そして実験が生産技術の水準によって直接支配されることも、判り切ったことだ。実験は産業と一つづきのものだ(実験室と工場との結合を見よ)。かくて科学的精神は又技術的精神である。
事実、技術的精神によるのでなければ事物の歴史的認識を齎すことは出来ないのだ。科学的精神とは、歴史的・技術的・精神である。実践的精神と論理的精神とが夫だ。――で、フィロロギー精神が如何に非技術的で非論理的であるか、又如何に非歴史的で非実践的なものであるかを、考えて見るがよい。処が夫がなおかつ、一見歴史的でそして技術的なものでさえあるように見える点こそが、フィロロギー精神の魔術なのであり、フィロロギー精神・引用精神・文献精神・の思い上り得る所以でもあるのだ。論理とはただの思考のからくりのことではない、現実そのものの組立てのことだ。だから実践は論理に立って初めて成り立つ。実践と論理との統一、というよりも論理に拠らねば実践が成り立たないという、このただの一つの世界的宇宙的事実そのものが、つまり科学的精神ということの説明に他ならない。
科学的精神はあれ之の精神の一つなのではない。普遍的な精神なのだ。ヨーロッパ精神でもなければギリシア精神でもない、日本的精神でもなければ東洋精神でもない。そういうものと並ぶものではないのだ。夫々の異った時代・社会の・現実[#「現実」に傍点]のある処に常に、要求されねばならぬ精神のことだ。云わば之は現実そのものの精神だと云ってもよい。――処でここからこういう一つの結論が出て来る。科学的精神の働きかける処は常に現実であり、常に目のあたりある処の現実だ。科学
前へ
次へ
全6ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング