こととなるであろう。元来「完全に」というもそれは吾々の認識能力の外に横たわることである。「簡単」というも力学は云わば直接に知り得る事実を簡単に云い表わすことをとり扱うのではなくして直接に与えられたるものを超えて一般化することであるからこの「簡単」は実は法則に帰するものでなければならぬであろう。併し因果律を以上の如く解釈してもそれは吾々の自然認識の一般的な形式を示すだけであってそれによってはまだ事実に対する因果律の意味は尽くされていない。合法則的に秩序づけられることを指し示す論理発生的解釈の外になお因果律の「本体論的」な規定が残されている。吾々はたとえ厳密な意味での法則に達しないまでも継起に就いて因果的と呼ばれるある秩序を近似値的に見出し得るであろう。俗に之をもなお法則と呼ぶならばそれは「Geschehen の法則」と呼んでよいであろう。
併しある個々の対象や出来事をある一定の結果の原因であると見る考え方は独り日常の知識のみならず科学的な認識に於ても行なわれる処である。吾々は何かある一定のものを特別の意味に於て原因として掲げる。即ち主なる[#「主なる」に傍点]原因として掲げる。そしてそれ以外の関係を条件と名づけるのである。併し何れを主原因とするかは厳密に客観的に与えられるのではなくただ主観的な観察の仕方が決定するものに外ならない。例えば特に重大なもの、即ち異常なるもの、新しく這入って来たもの、法律上の不法行為等が特に原因と考えられる。この場合もしそれが無かったならばこの結果は起きなかったであろうと思われるものが選ばれるのである。このような考え方は勿論厳密な概念に到達することは出来ぬとしても主なる関係を順次に追求することによって問題を明瞭に解決し得ることとなるであろう。
さてカントが継起するものは総てそれがある規則に従って結果する処のものを予想すると云う時継起の全体の個々の出来事に又先行するものの全体が個別的に区別されうる個々の関係にほごしうるということを暗々裏に予想している。それ故茲にはかの関数概念[#「関数概念」に傍点]が見失われて了う。併し之に反してカントの因果律の重心が規則[#「規則」に傍点]の概念にあるとすれば私が発生論理的解釈と呼んだ処のものは少くとも茲に考えられているわけである。吾々が超越的な不可認識の概念として排斥した作用の如き概念はカントに於ても除外されているのであるから。
因果律は時間表象を本質的な欠くべからざる要素として含むことはすでに明らかである(そしてそれ故時間空間的世界形象から抽象的な世界形象に移るにはある限界があるということが明らかとなった)。而して時間の形式は吾々に固有な精神の性質によって与えられる実在認識の形式である以上吾々の体験は総て時間的でなければならぬ。而も吾々は因果律に相当する規則又は秩序を持たぬ処の体験の過程を表象し得るであろう。それ故因果律を強制的に確信することは不可能であるかも知れない。併しそれと共に因果律が成立しないということを強制的に意識することも出来ない。何となればそのためには同一の条件の下に同一ならざる結果が起こるということを証明せねばならぬのであるが恰も吾々は条件を厳密に残りなく見渡すことはすでに述べた如く不可能であるから。因果律の確信を持つことが出来ぬということはそれが妥当しないということから厳に区別されねばならぬ。因果律にはそれに特有な論理的な位置がある。吾々はそれを特殊の自然法則と同一視することは出来ない。ヘルムホルツも云うようにそれはあらゆる自然認識の場合になされねばならぬ予想であると云わねばならぬ。カントが主張する因果律の先験性は正にこの妥当性に外ならない。普通精神は自由の領域と考えられるが茲にも因果律が行なわれることは精神をも死せる自然と斉しく見得る限り許されうる。まして生命現象の自然科学的研究に於ては因果律がそのまま行なわれねばならぬ。ドリーシュ等の主張する活力説と雖も因果的な考察に矛盾するものではない。成程因果律の厳密なる形は総ての瞬間の出来事はそれに直接に先行する瞬間から一般的な法則に従って起きるということであり、そしてかく一般的な法則に従うということを習慣上 Mechanismus と呼ぶのであるがそれは決して空間内の物体の運動を理解する仕方のかの、Mechanismus ではない。而も活力説はただ後者と相容れないというまでであって前者とは何等矛盾するものではない。それが矛盾すると考えられるのはメハニスムスの二義を混同することに基くものである。活力説に於ても因果律は妥当せねばならぬ。併し因果律は数学的であることを述べたがかかる数学的関数関係はそれとは全く異る活力説の概念材料に如何にして結び付き得るのであるか、もし因果律が関数関係としてのみ妥当するこ
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