ネらない筈である。――かくて社会[#「社会」に傍点]の諸事象は意識[#「意識」に傍点]によって、意識を説明原理として、初めて説明されることとなる。吾々は処で――前にも云ったが――凡そ存在を意識によって説明せねばならぬと考える仕方を一般に観念論と名づける。今や社会は、即ち又歴史は観念論的歴史観――云わば唯心史観――によって説明されねばならなくなる。このようにして社会心理学[#「社会心理学」に傍点]の本質は、第一に、観念論的歴史観[#「観念論的歴史観」に傍点]を意味するのを注意しなければならない。この場合の社会心理学の宿命から云って、この多少悲劇的な乃至は寧ろ喜劇的な結末は必然であった。
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* 「心の構造と作用に関して確実な真理の体系を建設することを要求し、又この知識を洗練し増加しようと努める処の心理学が、之まで、凡ての社会科学がその上で成立すべき本質的な共通の地盤としては、一般的に又実際的に承認されなかったということは、注目すべき事実である。」(McDougall, An Introduction to Social Psychology, In
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