nするために、或いはマルクス主義と一戦を交えようとし、或いはそうでなければマルクス主義と妥協しようとする(マックス・シェーラーの文化社会学乃至知識社会学は前者であり、エミール・レーデラーの文化社会学などは後者である)。――かくて、わが「文化社会学」は、今や当然なことながら、ブルジョア観念論一般[#「ブルジョア観念論一般」に傍点]と共に、その行動と運命とを頒たねばならないだろう。「文化社会学」の終る処に、真の文化社会学[#「文化社会学」に傍点]が始まるのである。
[#改段]


[#1字下げ]第五章 知識社会学の批判[#「第五章 知識社会学の批判」は中見出し]



[#3字下げ]一[#「一」は小見出し]

「知識社会学」は文化社会学[#「文化社会学」に傍点]の一つの――併し最も主なる――部門である。吾々は今知識社会学の、論理学的[#「論理学的」に傍点]なイデオロギー条件を主として分析しよう。人々はここでイデオロギーに於て、論理的条件と歴史的条件[#「歴史的条件」に傍点]とが、どれ程完全に平行するものであるかを知るべきだ。
 知識社会学は、社会学の非常に新しい一つの分枝である。それは精々
前へ 次へ
全378ページ中220ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング