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* H・フライアーは文化社会学を「精神的文化の実在社会学」、「精神の実在科学」等々として規定する。そして「真に正しい形態のイデオロギーの問題」がそこでこそ取り上げられ得ると云うのである。――だが彼によれば、マルクス主義的なイデオロギー概念は、精神的連関に何等の積極的な役割をも与えない処の袋路に過ぎない。それに一体マルクス主義は、あまりに時事問題中心的であり、闘争中心的であり過ぎていけないそうである(Soziologie als Wirklichkeitswissenschaft, S. 107―109.)
** Aufgabe einer Kultursoziologie, S. 149 ――吾々はレーデラーと殆んど同じ態度の「マルクス主義」をM・アードラーの知識社会学の内にも見出さねばならぬ。「知識の社会的構造」は「経験の先験的に社会的なもの」である、社会とは、カントの空間や時間や範疇と同じに、「先験的(先天的)図式である。吾々は意識[#「意識」に傍点]と意識の法則性を最後の事実として、それから出発する」、「マルクス主義は精神的一元論から出発する」
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