ェ出来る。文化的[#「文化的」に傍点]ということはとりも直さず精神的[#「精神的」に傍点]ということであり、又心的[#「心的」に傍点]ということである。処で文化乃至精神は主として生物学的なものに対立せしめられて考えられる、その意味では国家や法律さえが、生物学的形象であってまだ文化ではない*。であるから、歴史の固有に歴史的なものは、例えば人間の生物学的な衝動や意欲の作用などの内にあるのではなくて、それに対立する真に歴史的なモメントである処の、「固有に文化的な部分」、「純粋に精神的なるもの」の内に横たわらねばならない**。文化社会学は、一般に文化の、即ち又一般に精神の、科学である。だから夫は、とりも直さず、固有に歴史的なるものの科学に外ならない。文化社会学は(形式社会学や其他のものと反対に)、一つの歴史理論[#「一つの歴史理論」に傍点]――そしてこの歴史の性格が即ち文化・精神であった――なのである。
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* Alf. Weber, Ideen zur Staats− und Kultursoziologie (1912―1927) S. 45 ――之
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