c観念論[#「観念論」に傍点]の優れた伝統にぞくする(ヘーゲルを見よ)――を離れては、今の場合、そして就中一種の歴史主義[#「歴史主義」に傍点]から離れては、全く理解出来ない。
 無論、社会学が文化社会学的だと云っても、凡ての社会学が「文化社会学」だと云うのではない。云う迄もなく文化社会学なるものは社会学の単に一部分に過ぎない。併しそれにも拘らず、今や、文化社会学[#「文化社会学」に傍点]が社会学全体の中で占める指導的で代表的な位置は、おのずから決って来る。――文化社会学は(ドイツに於ける)社会学の最も中心的な課題であり又最も尖鋭な形態である、夫がやがて(又してもドイツに於ける)社会学全体の今後の運命を担う者でなければならない、ように見える。――之が(ドイツ)社会学の趨勢[#「趨勢」に傍点]であり、之が文化社会学の現代に於ける意義であるように見える(所謂知識社会学[#「知識社会学」に傍点]――夫は文化社会学の更に部分であり又は伴侶である――が今日流行する理由は、一つにはここにあるのである*)。
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* 知識社会学が何ものであり、又何故造り出された
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