Iに解決出来る。静態――科学の超時間的な基本構造――としては数学は凡て[#「凡て」に傍点]形式論理を方法とする。だが動態――歴史的前進――としては形式論理を方法とするかそれとも又弁証法的論理を方法とするかは一層自由だと云っても好い。と云うのは前者によって数学の新しい領域は恐らく開拓されないだろう、之を開拓し得るためには是非とも後者に依らなければならないだろう。どれが数学の正しい「方法」であるかは、そこで初めて明らかになる。
[#ここで字下げ終わり]
批判主義の科学批判に於ける方法[#「方法」に傍点]の概念は、元々認識の妥当性・論理性・から引き出された。それは「真理」の問題に関わっていた。処が真理とは少くとも科学を歴史的に進歩[#「歴史的に進歩」に傍点]させるものでなくて何であったか。一切の真理は意識の進歩・前進の真理である。真理は進歩の結果であり又原因なのである。それで本当の方法とは外でもない、云わば真理と進歩[#「真理と進歩」に傍点]との相乗積、云い換えれば、所謂「論理」と歴史[#「歴史」に傍点]との相乗積、だと云って好い。――批判主義は科学の方法を併し、単なる「真理」又は「論理」
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