り之は歴史[#「歴史」に傍点]にぞくする。処が他方に於て、自然科学は正に自然科学であって、歴史科学乃至社会科学ではなく、歴史的社会の代りに自然を解明する任務をもつものである。かかる解明は云うまでもなく、絶対に自然そのものに忠実であることを要求される。それ故自然科学は他方に於て又、自然[#「自然」に傍点]にぞくさねばならない。然るに自然と歴史とは対立する。自然科学は従ってこの対立をそれに特有な二重性[#「二重性」に傍点]として有つのである。歴史的諸科学にとっても、自然は或る意味に於て歴史社会に対立はする。併しそこでは歴史社会の内に於ける、自然と歴史との対立――第二次的対立――なのであって、自然科学の場合のように第一次的対立があるのではない。之が自然科学に特有[#「特有」に傍点]な二重性である所以である。この二重性と相似な二重性を数学に於ても見出すことが出来る。蓋し超歴史的対象を持つ数学がそれ自身又歴史的存在であるのだから。併しこの場合、数学の対象界は一応、現実的ではなくして可能的にすぎないから、之と歴史的現実との対立は、現実と現実との対立ではない。両者の現実的な対立はそれ故ただ間接的[#「間接的」に傍点]でしかない(之は数学が自然科学に較べて、歴史的・階級的制約を蒙ることが原理的に低度であることの、現われである。数学的真理はそれ故、かの第三階梯の階級性を有たないと考えられることには意味がある*)。之に反して自然科学に於けるかの対立・二重性は、恰も現実としての歴史と、同じく現実としての自然との間の、従って直接な[#「直接な」に傍点]交渉であった。歴史と自然とは元来独立した二つの現実ではなくして、現実としては唯一のものに結合しているから、両者は現実に於ける相関関係に於てしか理解され得ない。処が、このように不離の連合関係にある歴史と自然とが、自然科学にとっては、二つの相反する極として対立するのである。自然科学は特に、このような二重性を有つ。
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* 小倉金之助博士は論文「階級社会の算術」に於て云っている、「私の意味する処は、それが算術である限り、純然たる数学的の論理や法則それ自身が、社会階級によって異る、というのではない」、と。吾々の第三階梯の階級性は恰もかかる「論理や法則それ自身」に関わるものであった。数学がこの階級性を持ち得ないと
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