一切の科学は、かくて以上二つの階梯の階級性を有つ。そして科学の階級性という言葉は往々この二つの意味に於ても用いられている。けれどもこの二つは、後に見るであろう階級性に較べて見れば判る通り、階級性の萌芽ではあるが、単に名目上の階級性でしかない。茲には殆んど問題は無いであろう。
 向に科学の理論内容と云ったが、科学の実質的な内容は、その理論を保持する論理[#「論理」に傍点]――真理と虚偽との価値関係――にある筈である。之に較べては、前の二つの場合の理論内容は、理論の単なる――真偽関係から引き離された――材料でしかなかった。問題はそこで、もはや理論[#「理論」に傍点]ではなくして、論理[#「論理」に傍点]までが、歴史的に階級的に制約され得るか否か、である。単に科学ではなくして科学に於ける論理内容が階級性を有ち得るか否か、である。歴史的制約が論理的制約[#「歴史的制約が論理的制約」に傍点]――真偽関係――と交渉干渉し得るか否か、である。理論Aが之に代るべき理論A′[#「A′」は縦中横](必ずしも前に見たBではない)によって単に歴史的に代位されるばかりではなく、又単に拡張・修正・補遺されるばかりでもなく、真理[#「真理」に傍点]A′[#「A′」は縦中横]に対する虚偽[#「虚偽」に傍点]Aとして、論理的に否定・止揚されることが結果し得るか否か、が今の問題である。もはや茲では、一つの歴史的所産・文化財としての科学が、歴史的に制約されているというだけではない、それならば知識社会学にでも一任してよいかも知れない――初めを見よ。そうではなくして、それの理論[#「理論」に傍点]内容が歴史的・階級的に制約されるかどうか、が問題なのである。今問題になっているものが、科学階級性の第三[#「第三」に傍点]階梯である。
 もし科学を教科書風に鵜呑みにしない人々でさえあれば、歴史学・経済学・政治学・法律学・哲学・等々の歴史的(即ち哲学的)諸科学が、何等かの点に於てこの階梯の階級性をもつことをば、見逃すことが出来ないであろう。ここでは真理と虚偽との標準が階級性によって与えられることが出来るように見える。無論一定の階級に属するというだけで直ちにそれが真理又は虚偽だということになるのではない、ただ、階級のもつ夫々の歴史的制約が夫々科学の論理的制約へ反映することによって、真理又は虚偽を結果するのである
前へ 次へ
全134ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング