つた様に一種異様の熱気がさす。眼が真暗になる。頭がくら/\する。勝手もとに荷を下ろした後は、失神した様に暫くは物も言はれぬ。
早速右の肩が瘤《こぶ》の様に腫《は》れ上がる。明くる日は左の肩を使ふ。左は勝手が悪いが、痛い右よりまだ優《まし》と、左を使ふ。直ぐ左の肩が腫れる。両肩の腫瘤《こぶ》で人間の駱駝が出来る。両方の肩に腫れられては、明日は何で担《かつ》がうやら。夢にも肩が痛む。また水汲みかと思ふと、夜の明くるが恨めしい。妻が見かねて小さな肩蒲団を作つてくれた。天秤棒の下にはさむで出かける。少しは楽だが、矢張苦しい。田園生活もこれではやりきれぬ。全体《ぜんたい》誰《だれ》に頼まれた訳でもなく、誰《たれ》誉《ほ》めてくれる訳でもなく、何を苦しんで斯様《こん》な事をするのか、と内々《ない/\》愚痴《ぐち》をこぼしつゝ、必要に迫られては渋面《じふめん》作《つく》つて朝々《あさ/\》通《かよ》ふ。度重なれば、漸次《しだい》に馴れて、肩の痛みも痛いながらに固まり、肩腰に多少力が出来、調子がとれてあまり水をこぼさぬ様にもなる。今日は八分だ、今日は九分だ、と成績の進むが一の楽になつた。
然《しか》しいつまで川水を汲むでばかりも居られぬので、一月ばかりして大仕掛《おほじかけ》に井浚《いどさらへ》をすることにした。赤土からヘナ、ヘナから砂利、と一丈余も掘つて、無色透明《むしよくとうめい》無臭《むしう》而《さう》して無味の水が出た。奇麗《きれい》に浚《さら》つてしまつて、井筒にもたれ、井底《せいてい》深《ふか》く二つ三つの涌き口から潺々《せん/\》と清水の湧く音を聴いた時、最早《もう》水汲《みづく》みの難行苦行も後《あと》になつたことを、嬉しくもまた残惜《のこりを》しくも思つた。
底本:「日本の名随筆33・水」作品社
1985(昭和60)年7月25日初版発行
1987(昭和62)年8月10日3刷
底本の親本:「みゝずのたはこと」警醒社
1913(大正2)年3月初版発行
入力:とみ〜ばあ
校正:門田 裕志
2001年9月12日公開
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