も、白くなった小川の堤《つつみ》の尾花《おばな》にも夕日が光って、眼には見る南村北落の夕けぶり。烏啼き、小鳥鳴き、秋《あき》静《しずか》に今日も過ぎて行く。東京の方を見ると、臙脂色《えんじいろ》の空《そら》に煙が幾条《いくすじ》も真直に上って居る。一番南のが、一昨日火薬が爆発《ばくはつ》して二十余名を殺傷《さっしょう》した目黒の火薬庫の煙だ。
[#地から3字上げ](明治四十四年 十月二十三日)
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     秋さびし

 今日《きょう》はさびしい日である。
 ダリヤの園を通ると、二尺あまりの茶色《ちゃいろ》の紐《ひも》が動いて居る、と見たは蛇だった。蜥蜴《とかげ》の様な細《ほそ》い頭をあげて、黒い針《はり》の様な舌《した》をペラ/\さして居る。殺そうか殺すまいかと躊躇《ちゅうちょ》して見て居る内に、彼は直ぐ其処《そこ》にある径《けい》一寸ばかりの穴《あな》に這入《はい》りかけた。見る中に吸わるゝ様にズル/\と辷《すべ》り込んで了うた。
 園内を歩くと、蝉《せみ》のヌケ殻《がら》が幾個《いくつ》も落ちて居る。昨夜は室内で、小さなものゝ臨終《りんじゅう》の呻吟《うめき》の様なかすかな鳴声《なきごえ》を聞いたが、今朝《けさ》見ればオルガンの上に弱《よわ》りはてたスイッチョが居た。彼は未だ死に得ない。而《そう》して死に得る迄《まで》は鳴かねばならぬのである。
 自然は老いて行く。座敷《ざしき》の前を蜂《はち》が一疋歩いて行く。両羽《りょうはね》をつまんでも、螫《さ》そうともせぬ。何に弱ってか、彼は飛《と》ぶ力ももたぬのである。そっと地に下ろしたら、また芝生の方へそろ/\歩いて行く。
 今日はさびしい日である。
 午後は曇《くも》って泣き出しそうな日であった。
 午後になって、いやに蒸暑《むしあつ》い空気《くうき》が湛《たた》えた。懶《ものう》い自然の気を感じて、眼ざとい鶴子が昼寝《ひるね》した。掃き溜には、犬のデカがぐたりと寝て居る。芝生には、猫《ねこ》のトラが眠《ねむ》って居る。
 南から風が吹く。暖かい事は六月の風の様で、目を瞑《つぶ》って聞くと、冬も深い凩《こがらし》の響《おと》がする。
 今日はさびしい日である。
 今は午後四時である。雲を漏《も》れて、西日《にしび》の光がぱっと射《さ》して来た。散りかゝった満庭《まんてい》のコスモスや、咲きかゝった菊や、残る紅の葉鶏頭《はげいとう》や、蜂虻《はちあぶ》の群がる金剛纂《やつで》の白い大きな花や、ぼうっと黄を含んだ芝生や、下葉《したは》の褐色《かっしょく》に凋《しお》れて乾《かわ》いた萩や白樺や落葉松や、皆斯夕日に寂《さび》しく栄《は》えて居る。鮮やかであるが、泣いて居る。美《うる》わしいが、寂しい。
 今日はさびしい日である。
[#地から3字上げ](大正元年 十月二十八日)
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     展望台に上りて

       上

 余の書窓《しょそう》から西に眺《なが》むる甲斐《かい》の山脈《さんみゃく》を破《は》して緑色|濃《こ》き近村《きんそん》の松の梢《こずえ》に、何時の程からか紅白|染分《そめわけ》の旗が翻《ひるがえ》った。機動演習《きどうえんしゅう》の目標《もくひょう》かと思うたら、其れは京王電鉄《けいおうでんてつ》が沿線繁栄策の一として、ゆく/\東京市の寺院墓地を移す為めに買収《ばいしゅう》しはじめた敷地《しきち》二十万坪を劃《しき》る目標の一つであった。
 京王電鉄調布上高井戸間の線路《せんろ》工事《こうじ》がはじまって、土方《どかた》人夫《にんぷ》が大勢《おおぜい》入り込み、鏡花君の風流線にある様な騒ぎが起ったのは、夏もまだ浅い程の事だった。娘が二人|辱《はずか》しめられ、村中の若い女は震え上り、年頃《としごろ》の娘をもつ親は急いで東京に奉公に出すやら、無銭飲食を恐れて急に酒樽を隠すやら、土方が真昼中甲州街道をまだ禁菓《きんか》を喰《く》わぬアダム同様|無褌《むふんどし》の真裸《まっぱだか》で横行濶歩、夜は何《ど》の様な家へでも入込むので、未だ曾て戸じまりをしたことがない片眼《かため》婆《ばあ》さんのあばら家まで、遽《あわ》てゝかけ金《がね》よ釘《くぎ》よと騒いだりした。其れも工程の捗取《はかど》ると共に、何時《いつ》しか他所《よそ》に流れて往って了うた。やがて起ったのが、東京の寺院墓地移転用敷地廿万坪買収の一件である。
 京王電鉄も金が無い。東京の寺や墓地でも引張《ひっぱ》って来て少しは電鉄沿線の景気をつけると共に、買った敷地を売りつけて一儲《ひともう》けする、此は京王の考としてさもありそうな話である。田舎はもとより金が無い。比較的小作料の低廉な此辺の大地主は、地所を荷厄介《にやっかい》にして居る。また大きな地主で些《ちと》派手《はで》
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