《あが》る。諒闇《りょうあん》中の御遠慮で、今日は太鼓《たいこ》も鳴らなかった。
 今日から五日間お経《きょう》をたてる、と云う言いつぎが来た。先帝の御冥福《ごめいふく》の為。
 鶏小屋《とりごや》に大きな青大将が入って、模型卵《もけいらん》をのんだ、と日傭《ひよう》のおかみが知らして来た。往って見ると、五尺もある青大将が喉元《のどもと》を膨《ふく》らして、そこらをのたうち廻《まわ》って居る。卵の積りで陶物《やきもの》の模型卵を呑んで、苦しがって居るのだ。折から来合わして居たT君が、尻尾《しっぽ》をつまんで鶏小屋から引ずり出すと、余が竹竿《たけざお》でたゝき殺した。竹で死体を扱《こ》いたら、ペロリと血だらけの模型卵を吐《は》いた。此頃一向卵が出来ぬと思ったら、此先生が毎日|召上《めしあが》ってお出でたのだ。青大将の死骸《しがい》は芥溜《ごみため》に捨てた。少し経《た》って見たら、如何《どう》したのか見えなかった。復活《ふっかつ》して逃げたのかも知れぬ。

       六

 八月二日。
 紅蜀葵《こうしょくき》の花が咲いた。
 甲州|玉蜀黍《とうもろこし》をもぎ、煮《に》たり焼いたりして食う。世の中に斯様《こん》なうまいものがあるかと思う。田園生活も此では中々やめられぬ。
 今日は土用中ながら薄寒《うすさむ》い日であった。朝は六十二三度しかなかった。尽日《じんじつ》北の風が吹いて、時々|冷《つめ》たい繊《ほそ》い雨がほと/\落ちて、見ゆる限りの青葉が白い裏《うら》をかえして南に靡《なび》き、寂《さび》しいうら哀《かな》しい日であった。
 今日は鶏小屋にほゞ鼬《いたち》と見まごうばかりの大鼠が居た。

       七

 八月八日。
 八月に入って四五日、フランネルを着《き》る様な日が続いた。小雨《こさめ》が降る。雲がかぶさる。北から冷たい風が吹く。例年九月に鳴く百舌鳥《もず》が無暗に鳴いたりした。薄い掻巻《かいまき》一つでは足らず、毛布を出す夜もあった。
 今日は久し振《ぶ》りに晴れた。空には一片の雲なく、日は晶々《あかあか》として美しく照りながら、寒暖計は八十二三度を越《こ》えず、涼しい南風《みなみ》が朝から晩まで水の流るゝ様に小止《おやみ》なく吹いた。颯々《さっさつ》と鳴る庭の松。かさ/\と鳴る畑の玉蜀黍《とうもろこし》。ざわ/\と鳴る田川の畔《くろ》の青萱《あおかや》。見れば、眼に入る緑は皆動いて居る。庭の桔梗《ききょう》の紫|揺《うご》き、雁来紅《けいとう》の葉の紅|戦《そよ》ぎ、撫子《なでしこ》の淡紅|靡《なび》き、向日葵《ひまわり》の黄|頷《うなず》き、夏萩の臙脂《えんじ》乱れ、蝉の声、虫の音《ね》も風につれて震《ふる》えた。夕日傾く頃となれば、風はます/\涼しく、樹影《こかげ》は黒く芝生に跳《おど》った。
「秋来ぬと眼にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」。風の音に驚くばかりかは、さやかに眼に見えて立つ秋の姿《すがた》である。
 昨夜は雁声《がんせい》を聞いた。
 今朝向うの杉の森に「ツクツクウシ、ツクツクウシ」と云うほのかな秋蝉の声を聞いた。
 暦《こよみ》を見たら、今日が立秋である。

       八

 八月十五日。
 此頃のくせで、起き出る頃は、毎《いつ》も満目《まんもく》の霧《きり》。雨だなと思うと、朝飯食ってしまう頃からからりと霽《は》れて、申分なき秋暑《しゅうしょ》になる。
 隣の大豆畑に群《むら》がったカナブンの大軍が、大豆の葉をば食い尽《つく》して、今度は自家《うち》の畑に侵入《しんにゅう》した。起きぬけに、夫婦して莚《むしろ》を畑にひろげ、枝豆や苺《いちご》や果樹に群がるカナブンを其上に振《ふる》い落して、石油の空鑵《あきかん》にぶちあけ、五時から八時過ぎまでかゝって、カナブンの約五升を擒《とりこ》にし、熱湯を浴《あび》せて殺した。でもまだ十分の一もとれない。
 あまり美事《みごと》の出来だからと云うて、廻沢《めぐりさわ》から大きな水瓜《すいか》唯一個かついで売りに来た。緑地に黒縞《くろしま》のある洋種の丸水瓜《まるすいか》である。重量三貫五百目、三十五銭は高くない。井戸に冷《ひ》やして、午後切って食う。味も好かった。
 一月おくれの盆で、墓地が賑《にぎ》やかである。細君が鶴子の為に母屋《おもや》の小さな床に茄子馬《なすうま》をかざり、黒い喪章《もしょう》をつけたおもちゃの国旗をかざり、ほおずきやら烏瓜《からすうり》やら小さな栗やら色々|供物《くもつ》をならべて、于蘭盆《うらぼん》の遊びをさせた。
 風鈴《ふうりん》の短冊《たんざく》が先日の風に飛ばされたので、先帝の「星のとぶ影のみ見えて夏の夜も更け行く空はさびしかりけり」の歌を書いて下げた。西行《さいぎょう》でも詠《よ》みそうな
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