水でしょう」妻は舷側《ふなばた》の水を両手に掬《すく》い上げて川を讃《ほ》める。鶴子が真似《まね》る。
 平等院《びょうどういん》の岸近く細長い島がある。浮島と云うそうだ。島を蔽《おお》う枯葭《かれよし》の中から十三層の石輪塔《せきりんとう》が見える。
「あの塔は何かね、先には見かけなかった様だが」
「近頃掘り出したンどす。宝塔《ほうとう》たら云うてナ、あんたはん」
と船頭が説明する。水は早し、川幅《かわはば》は一丁には越えぬ。惜しと思うまに渡してしまって、舟は平等院|上手《かみて》の岸についた。
 舟賃《ふなちん》を払うて、其処《そこ》に三つ四つ設けられた茶店の前を過ぎて、美《うつく》しい紅葉を拾《ひろ》いつゝ余等は平等院に入った。
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      嫩草山の夕

 奈良は奠都《てんと》千百年祭で、町は球燈《きゅうとう》、見せ物、人の顔と声とで一ぱいであった。往年《おうねん》泊《とま》った猿沢池《さるさわのいけ》の三景楼に往ったら、主が変《かわ》って、名も新猫館《しんねこかん》と妙なものに化《ば》けて居る。うんざりしたが、思い直して、こゝに車を下りた。
 茶一|碗《わん》、直ぐ見物に出かける。
 上方客《かみがたきゃく》、東京っ子、芸者、学生の団体、西洋人、生きた現代は歴史も懐古も詩も歌も蹂躙《じゅうりん》して、鹿も驚いた顔をして居る。其|雑沓《ざっとう》の中を縫《ぬ》うて、先ず春日祠《かすがし》に詣《もう》でた。田舎みやげの話し草に、若宮前で御神楽《おかぐら》をあげて、ねじり廊《ろう》の横手を通ると、種々の木の一になって育って居る木がある。寄木《やどりぎ》、と札を立てゝある。大阪あたりの娘らしいのが、「良平《りょうへい》さんよ」と云う。お新さんがお糸さんと顔見合わせて莞爾《にっこり》した。お新さんは窃《そっ》と其内の椿の葉を記念の為にちぎった。
 嫩草山《わかくさやま》の麓の茶屋に来た頃は、秋の日が入りかけた。草履《ぞうり》をはいた娘子供が五六人、たら/\と滑《すべ》る様に山から下りて来た。
「如何《どう》だ、上って見ようか」
「え、上りましょう」
 足の悪いお新さんと鶴子を茶店《ちゃみせ》に残して、余は靴《くつ》のまゝ、二人の女は貸草履に穿《は》き更《か》えて上りはじめた。
 名を聞いてだに優にやさしい嫩草山は、見て美しく思うてなつかしい山である。
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