銭《ぜに》もないので、頬冠《ほおかむり》して川堤を大阪までてく/\歩いたものだ。伯父の血をひいた余とても御多分に洩《も》れぬ。八年前の秋、此万碧楼に泊った余は、霜枯時《しもがれどき》の客で過分の扱いを受け、紫縮緬《むらさきちりめん》の夜具など出された。御馳走《ごちそう》も伯父の甥たるに恥《は》じざる程食うた。食うてしまったあとで、蟇口《がまぐち》を覗《のぞ》いて見た余は非常に不安を感じた。そこで翌朝宿の者には遊んで来ると云い置いて、汽車で京都に帰った。少し都合もあって其日は行かれず、電報、手紙も臆劫《おっくう》だし、黙って打置《うちお》き、あくる日になって宇治に往った。万碧楼では喰逃《くいに》げが帰って来たと云う顔をして、茶代も少し奮発《ふんぱつ》したに関せず、紫縮緬の夜具は雲がくれて、あまり新しくもない木綿の夜具に寝かされた。主の方では無論覚えて居る由もない。余は独|笑坪《えつぼ》に入った。
 腰硝子《こしがらす》の障子を立てたきり、此座敷に雨戸はなかった。二つともした燭台《しょくだい》の百目蝋燭の火は瞬《またた》かぬが、白い障子越しに颯々《さあさあ》と云う川瀬の響《おと》が寒い。障子をあけると、宇治の早瀬《はやせ》に九日位の月がきら/\砕《くだ》けて居る。ピッ/\ピッ/\千鳥《ちどり》が鳴《な》いて居る。

           *

 朝起きて顔を洗うと、余は宿の褞袍《どてら》を引かけ、一同は旅の着物になって、茶ものまず見物に出かけた。宇治橋は雪の様な霜《しも》だ。ザクリ/\下駄の二の字のあとをつけて渡る。昔|太閤様《たいこうさま》は此処から茶の水を汲ませたものだ、と案内者の口まねをしつゝ、彼出張った橋の欄間《らんま》によりかゝって見下ろす。矢を射る如き川面《かわづら》からは、真白に水蒸気が立って居る。今も変らぬ柴舟《しばぶね》が、見る/\橋の下を伏見《ふしみ》の方へ下って行く。朝日山から朝日が出かゝった。橋を渡ってまだ戸を開けたばかりの通円茶屋《つうえんぢゃや》の横手から東へ切れ込み、興聖寺《こうしょうじ》の方に歩む。美しい黄の色が眼を射ると思えば、小さな店に柚子《ゆず》が小山と積んである。何と云う種類《しゅるい》か知らぬが、朱欒《ざぼん》程もある大きなものだ。旅先《たびさき》ながら看過《みすご》し難くて、二銭五厘宛で五個買い、万碧楼に届けてもらう。
 興聖
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