袂《たもと》から突出た巌《いわ》に礙《さまた》げられてこゝに淵《ふち》を湛《たた》え、余の水は其まゝ押流して、余が立って居る岬角《こうかく》を摩《す》って、また下手対岸の蒼黒い巌壁《がんぺき》にぶつかると、全川の水は捩《ね》じ曲《ま》げられた様に左に折れて、また滔々《とう/\》と流して行《ゆ》く。去年の出水には、石狩川が崖上《がけうえ》の道路を越して鉱泉宿まで来たそうだ。此《この》窄《せま》い山の峡《かい》を深さ二丈も其上もある泥水が怒号《どごう》して押下った当時の凄《すさま》じさが思われる。今は其れ程の水勢は無いが、水を見つめて居ると流石《さすが》に凄《すご》い。橋下の水深は、平常《ふだん》二十余|尋《ひろ》。以前は二間もある海の鯊《さめ》がこゝまで上って来たと云う。自然児《しぜんじ》のアイヌがさゝげた神居古潭《かむいこたん》の名も似《に》つかわしく思われる。
 夕飯後《ゆうめしご》、ランプがついて戸がしまると、深い深い地の底《そこ》にでも落ちた様で、川音がます/\耳について寂しい。宿から萩《はぎ》の餅を一盂《ひとはち》くれた。今宵《こよい》は中秋《ちゅうしゅう》十五夜であった。北海道の神居古潭で中秋に逢《あ》うも、他日の思出の一であろう。雨戸を少しあけて見たら、月は生憎《あいにく》雲をかぶって、朦朧《もうろう》とした谷底を石狩川が唯|颯《さあ》、颯《さあ》と鳴って居る。
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      名寄

 九月十九日。朝|神居古潭《かむいこたん》の停車場から乗車。金襴《きんらん》の袈裟《けさ》、紫衣《しえ》、旭川へ行く日蓮宗の人達で車室は一ぱいである。旭川で乗換《のりか》え、名寄《なよろ》に向う。旭川からは生路である。
 永山《ながやま》、比布《ぴっぷ》、蘭留《らんる》と、眺望《ながめ》は次第に淋しくなる。紫蘇《しそ》ともつかず、麻でも無いものを苅って畑に乾《ほ》してあるのを、車中の甲乙《たれかれ》が評議して居たが、薄荷《はっか》だと丙が説明した。
 やがて天塩《てしお》に入る。和寒《わっさむ》、剣淵《けんぶち》、士別《しべつ》あたり、牧場かと思わるゝ広漠《こうばく》たる草地一面|霜枯《しもが》れて、六尺もある虎杖《いたどり》が黄葉美しく此処其処に立って居る。所謂|泥炭地《でいたんち》である。車内の客は何れも惜しいものだと舌鼓《したつづみ》うつ。
 余放吟し
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