かんばん》を出した慾張り屋の与右衛門さんは、詐を云わぬ、いかさまをせぬ。それから彼は作代《さくだい》に妻をもたせて一家を立てゝやったり、義弟が脚部に負傷《ふしょう》したりすると、荷車にのせて自身|挽《ひ》いて一里余の道を何十度も医者へ通ったり、よく縁者の面倒《めんどう》を見る。与右衛門さんに自慢話《じまんばなし》がある。東京者が杉山か何か買って木を伐《き》らした時、其木が倒れて誤《あやま》って隣合《となりあ》って居る彼与右衛門が所有林《しょゆうりん》の雑木《ぞうき》の一本を折った。最初|無断《むだん》で杉を伐りはじめたのであった。与右衛門さんは例《れい》の毛虫眉《けむしまゆ》をぴりりとさせて苦情《くじょう》を持込んだ。御自分に御買いになった木を御伐《おき》りになるに申分は無いが、何故《なぜ》此方の山の木まで御折りになったか、金が欲しくて苦情を申すでは無い、金は入りません、折れた木を元《もと》の様にして戴《いただ》きたい。思いがけない剛敵《ごうてき》に出会《でっくわ》して、東京者も弱った。与右衛門さんは散々並べて先方《せんぽう》を困《こま》らせぬいた揚句《あげく》、多分の賠償金《ばいしょうきん》と詫言《わびごと》をせしめて、やっと不承《ふしょう》した。右は東京者に打勝った与右衛門さんの手柄話の一節である。与右衛門さんは、東京者に此手で行くばかりでなく、近所隣までも此の筆法で行く。そこで与右衛門さんを憚《はばか》って、其の地所の隣地に一寸した事をするにも、屹度《きっと》わたりをつける。
 与右衛門さんは評判の長話家《ながばなしや》である。鍬を肩にして野ら仕事の出がけに鉢巻とって「今日《こんにち》は」の挨拶《あいさつ》からはじめて、三十分一時間の立話《たちばなし》は、珍らしくもない。今日も煙管《きせる》をしまっては出し、しまっては出し、到頭二時間と云うものぶっ通しに話された。与右衛門さんは中々の精力家である。「どうもダイ産《さん》としては地所程好いダイ産はありませんからナ」の百万|遍《べん》を聞かされた。
「でも斯様《こん》な時代もあったですよ」
と云って、与右衛門さんは九度目《ここのたびめ》に抽《ぬ》き出した煙管《きせる》に煙草をつめながら、斯様《こん》な話をした。
 此辺はもと徳川様の天領《てんりょう》で、納《おさ》め物の米や何かは八王子《はちおうじ》の代官所《だいか
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