勧めた。然しお馨さんは如何しても思い止まることが出来なかった。それに、日本に愚図々々《ぐずぐず》して居れば、心に染《そ》まぬ結婚を父に強《し》いられる恐れがあった。
 斯様な事情と彼女の切なる心情を見聞する粕谷の夫妻は、打捨てゝ置く訳に行かなかった。葛城が家族の反対に関せず、何を措いても彼女の父の結婚及渡米の許諾を獲べく、単刀直入|桶狭間《おけはざま》の本陣に斬込まねばならぬと考えた。

       五

 朧月《おぼろづき》の夜、葛城家の使者と偽《いつわ》る彼は、房総線《ぼうそうせん》の一駅で下りて、車に乗ってお馨さんの家に往った。長い田舎町をぬけて、田圃《たんぼ》沿いの街道を小一里も行って、田中路を小山の中に入って、其山ふところの行止《ゆきどま》りが其家であった。大きな長屋門の傍の潜《くぐ》りを入って、勝手口から名刺を出した。色の褪《さ》めた黒紋付の羽織を着た素足《すあし》の大きな六十爺さんが出て来た。お馨さんの父者人《ててじゃひと》であった。
 其夜は烈しい風雨であった。十二畳の座敷に寝かされた彼は、夢を結び得なかった。明くる早々起きて雨戸をあけて見た。庭には大きな泉水を掘り、向うの小山を其まゝ庭にして、蘇鉄《そてつ》を植えたり、石段を甃《たた》んだり、石燈籠を据えたりしてある。下駄突かけて、裏の方に廻って見ると、小山の裾《すそ》を鬼の窟《いわや》の如く刳《く》りぬいた物置がある。家は茅葺《かやぶき》ながら岩畳《がんじょう》な構えで、一切の模様が岩倉《いわくら》と云う其姓にふさわしい。まだ可なり吹き降《ぶ》りの中を、お馨さんによく似《に》た十四五、十一二の少女が、片手に足駄を提《さ》げ、頭から肩掛《しょうる》をかぶり、跣足《はだし》で小学校に出かけて行く。座敷に帰って、昼の光であらためて主翁《しゅおう》と対面した。住居にふさわしい岩畳なかっぷくである。左の目が眇《すがめ》かと思うたら、其れは眼の皮がたるんでいるのであった。其れが一見人を馬鹿にした様に見える。芳野金陵の門人で、漢学の素養がある。其父なる人は、灌漑用の潴水池《ちょすいち》を設けて、四辺《あたり》に恩沢を施して居る。お馨さんの父者人は、十六にして父に死なれ、一代にして巨万の富をなした。六十爺の今日も、名ある博士の弁護士などを顧問に、万事自身で切って廻わして居る。此辺は数名の博士、数十名の学士を出し
前へ 次へ
全342ページ中170ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 健次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング