側に附いて、最早墓守夫妻が其亡くなった姉をはじめて識った頃の年頃《としごろ》になった彼女の妹が、紫の袴をはいて位牌を持った。六十前後の老衰した神官が拍手《かしわで》を打って、「下田安子の命《みこと》が千代の住家と云々」と祭詞を読んだ。快くなったら姉の嫁した家へ遊びに行くと云って、彼女は晴衣を拵《こさ》えてもらって喜んで居たが、到頭其れを着る機会もなかった。棺の上には銘仙の袷《あわせ》が覆《おお》うてあった。其棺の小さゝを見た時、十六と云う彼女の本当にまだ小供であったことを思うた。赤土を盛った墓の前には、彼女が常用の膳の上に飯を盛った茶碗、清水を盈《み》たした湯呑なぞならべてあった。墓が近いので、彼女の家の者はよく墓参に来た。墓守の家の女児も時々園の花を折って往って墓に插《さ》した。三年前砲兵にとられた彼女の二番目の兄は、此の春肩から腹にかけて砲車に轢《ひ》かれ、已に危い一命を纔《わずか》にとりとめて先日めでたく除隊《じょたい》になって帰った。「お安さんは君の身代りに死んだのだ、懇《ねんごろ》に弔うて遣り玉え」墓守は斯く其の若者に云うた。
五
墓地が狭いので、新しい棺は大抵古い骨の上に葬る。先年村での旧家の老母を葬る日、墓守がぶらりと墓地に往って見たら、墓掘り役の野ら番の一人が掘り出した古い髑髏《されこうべ》を見せて、
「御覧なさい、頬の格好が斯《こ》う仁左衛門さんに肖てるじゃありませんか。先祖ってえものは、矢張り争われないもんですな」
と云うた。泥まみれの其の髑髏は、成程頬骨の張り方が、当主の仁左衛門さんそっくりであった。土から生れて土に働く土の精、土の化物《ばけもの》とも云うべき農家の人は、死んで土になる事を自然の約束として少しも怪むことを為《し》ない。ある婆さんを葬る時、村での豪家と立てられる伊三郎さんが、野ら番の一人でさっさと赤土を掘りながら、ホトケの息子《むすこ》の一人に向い、
「でも好い時だったな、来月になると本当に忙しくてやりきれンからナ」と極めて平気で云うて居た。息子も平気で頷《うなず》いて居た。死人の手でも借りたい程忙しい六七月に葬式があると、事である。村の迷惑になるので、小供の葬式は、成るべくこっそりする。ある夜、墓守が外から帰って来ると、墓地に一点の火光《あかり》が見える。やゝ紅《あか》い火である。立とまってじいと見て居た彼は
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