礼のはがきが来る。
十二
兵隊さんの出代りを村の一年最後の賑合にして、あとは寂《さび》しい初冬の十二月に入る。
「稼収《かおさまって》平野濶《へいやひろし》」晩稲も苅られて、田圃《たんぼ》も一望ガランとして居る。畑の桑は一株ずつ髻《もとどり》を結《ゆ》われる。一束ずつ奇麗に結わえた新藁《しんわら》は、風よけがわりにずらりと家の周囲《まわり》にかけられる。ざら/\と稲を扱《こ》く音。カラ/\と唐箕車《とうみぐるま》を廻す響《おと》。大根引、漬菜洗い、若い者は真赤な手をして居る。昼《ひる》は北を囲うた南向きの小屋の蓆《むしろ》の上、夜は炉《ろ》の傍《はた》で、かみさんはせっせと股引、足袋を繕《つくろ》う。夜は晩くまで納屋《なや》に籾《もみ》ずりの響がする。突然《だしぬけ》にざあと時雨《しぐれ》が来る。はら/\と庇《ひさし》をうって霰《あられ》が来る。ちら/\と風花《かざはな》が降る。北から凩《こがらし》が吹いて来て、落葉した村の木立を騒々しく鳴らす。乾いた落葉が、遽《あわ》てゝカラカラと舞い奔《はし》る。箒を逆《さかさ》に立てた様な雑木山に、長い鋸《のこ》を持った樵夫《さきやま》が入って、啣《くわ》え煙管《ぎせる》で楢《なら》や櫟《くぬぎ》を薪に伐《き》る。海苔疎朶《のりそだ》を積んだ車が村を出る。冬至までは、日がます/\つまって行く。六時にまだ小暗《おぐら》く、五時には最早《もう》闇《くら》い。流しもとに氷が張る。霜が日に/\深くなる。
十五日が世田《せた》ヶ谷《や》のボロ市。世田ヶ谷のボロ市は見ものである。松陰《しょういん》神社《じんじゃ》の入口から世田ヶ谷の上宿《かみじゅく》下宿を打通して、約一里の間は、両側にずらり並んで、農家日用の新しい品々は素より、東京中の煤掃《すすは》きの塵箱《ごみばこ》を此処へ打ち明けた様なあらゆる襤褸《ぼろ》やガラクタをずらりと並べて、売る者も売る、買う者も買う、と唯驚かるゝばかりである。見世物が出る。手軽な飲食店が出る。咽《のど》を稗《ひえ》が通る様に、店の間を押し合いへし合いしてぞろ/\人間《にんげん》が通る。近郷《きんごう》近在の爺さん婆さん若い者女子供が、股引《ももひき》草鞋《わらじ》で大風呂敷を持ったり、荷車を挽《ひ》いたり、目籠《めかご》を背負ったりして、早い者は夜半から出かける。新しい莚《むしろ》、筍
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