可いと思ったが、誰れの処ということなく寂しいと思えば、遊びに行く私のことだから、……先達てから二週間ばかりも経って久振りに遊びに行くと、丁度其処へ饗庭《あえば》――これもお前の、よく知った人だ。――が来ていたが、何かの話が途切れた機会《はずみ》に、長田が、
「お宮は其の後何うした?」と訊く。
私は、なるたけ避けて静《そっ》として置きたいが、腹一杯であったから、
「もう、お宮のことに就いては、何も言わないで置いてくれ。」と、一寸左の掌《て》を出して、拝む真似をして笑って、言うと、長田は唯じろ/\と、笑っていたが、暫時《しばらく》して、
「あの女は寝顔の好い女だ。」
と、一口言って私の顔を見た。
私は、その時、はっ[#「はっ」に傍点]となって「じゃ愈※[#二の字点、1−2−22]」と思ったが強いて何気ない体《てい》を装うて、
「じゃ、買ったのかい?」と軽く笑って訊いた。
「うむ! ……一生君には言うまいと思っていたけれど、……此間《こないだ》行って見た。ふゝん!」と嘲笑《あざわら》うように、私の顔を見て言った。
「まあ可いさ。何うせ種々《いろいろ》の奴が買っているんだからね……支那人にも出たと言っていたよ。」私は固《もと》より好い気持のする理由《わけ》はないが、何うせ斯うなると承知していたから、案外平気で居られた。すると、長田は、
「ふゝん、そりゃ其様なこともあるだろうが、知らない者なら幾許《いくら》買っても可いが、併し吾々の内に知った人間が買ったことが分ると、最早《もう》連れて来ることも何うすることも出来ないだろう! ……変な気がするだろう。」と、ざまを見ろ! 好い気味だというように、段々|恐《こわ》い顔をして、鼻の先で「ふゝん!」と言っている。
「変な気は、しやしないよ。」と避けようとすると、
「ふゝん! それでも少しは変な気がする筈だ。……変な気がするだろう!」負け吝《おし》みを言うな、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]だろう、というように冷笑する。
それでも私は却って此方から長田を宥《なだ》めるように、
「可いじゃないか。支那人や癩病《かったい》と違って君だと清浄《きれい》に素姓が分っているから。……まあ構わないさ!」と苦笑に間切らして、見て見ぬ振りをしながら、一寸長田の顔を見ると、何とも言えない、執念深い眼で此方を見ている。私は、慄然《ぞっ》とするような気がして、これはなるたけ障らぬようにして置くが好いと思って、後を黙っていると、先は、反対《あべこべ》に、何処までも、それを追掛《おっか》けるように、
「此の頃は吾々の知った者が、多勢|彼処《あすこ》に行くそうだが、僕は、最早あんな処に余り行かないようにしなければならん。……安井なんかも、屡《よ》く行くそうだ。それから生田《うぶた》なんかも時々行くそうだから、屹度安井や生田なんかも買っているに違いない。生田が買っていると、一番面白いんだが。あはゝゝゝ。だから知った者は多い。あはゝゝゝ。」と、何処までも引絡んで厭がらせを存分に言おうとする。生田というのは、自家《うち》に長田の弟と時々遊びに来た、あの眼の片眼悪い人間のことだ。……あんまり執拗《しつこ》いから、私も次第に胸に据えかねて、此方が初め悪いことでもしはしまいし、何という無理な厭味を言う、と、今更に呆れたが、長田の面と向った、無遠慮な厭味は年来耳に馴れているので尚お静《じっ》と耐《こら》えて、
「君と青山とは、一生岡焼をして暮す人間だね。」と、矢張り笑って居ろうとして、ふッと長田と私との間に坐っている右手の饗庭の顔を見ると、饗庭が、何とも言えない独り居り場に困っているというような顔をして私の顔を凝乎《じっ》と見ている。その顔を見ると自分は泣き顔をしているのではないか、と思って、悄気《しょげ》た風を見せまいと一層心を励まして顔に笑いを出そうとしていると、長田は、ますます癖の白い歯を、イーンと露《あらわ》して嬲《なぶ》り殺しの止《とど》めでも刺すかのように、荒い鼻呼吸をしながら、
「雪岡が買った奴だと思ったらいやな気がしたが、ちぇッ! 此奴《こいつ》姦通するつもりで遊んでやれと思って汚《よご》す積りで呼んでやった。はゝゝゝゝ。君とお宮とを侮辱するつもりで遊んでやった。」とせゝら笑いをして、悪毒《あくど》く厭味を言った。
けれども私は、「何うしてそんなことを言うのか?」と言った処が詰まらないし、立上って喧嘩をすれば野暮になる。それに忌々しさの嫉妬心から打壊しを遣ったのだ、ということは十分に飲込めているから、何事《なに》に就けても嫉妬心が強くって、直ぐまたそれを表に出す人間だが其様なにもお宮のことが焼けたかなあ、と思いながら、私は長田の嫉妬心の強いのを今更に恐れていた。
それと共に、また自分の知った女
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